新井貴浩の講演会は…とってもユーモラスでした!

この記事では、新井貴浩さんの講演会に関する内容をお伝えしています。

2018年、新井貴浩さんは現役を引退し、今は野球解説者、野球評論家として活躍しています。

また、モデルやタレントとしても引っ張りだこで、講演会会場を満員にするほどの人気ぶりです。

ファンに愛され続ける新井さんは、講演会でどんなトークをしているのでしょうか?気になりますね。

引退後も存在感を出し続ける新井貴浩さんの講演会の様子をご紹介します。

 

この記事をお読み頂くことで、

・新井さんはどんなことを話したのか?

・野球少年に対する熱いメッセージが素敵!

・黒田さんも講演会を!

等について知ることができます。

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新井貴浩が講演会、その内容は!?

新井貴浩さんの講演会は、2019年11月18日に広島市中区にあるNTTクレドホールで開かれました。

約650人のファンで満員の会場に新井貴浩さんが登場。

その姿は、残念ながらカープのユニフォーム姿ではなかったのですが、スーツで決めたキレイめの恰好は、「メンズクラブ」のモデルに抜擢されたのも納得のカッコよさでした。

新井貴浩さんは、普段から身だしなみに気を遣うタイプで、プライベートではキャップやニット帽も愛用するおしゃれなのだとか。

長身で足も長く、スーツ姿で写真映えする体形だと、カメラマンからも太鼓判を押されています。

 

会場ではリラックスしてトークを楽しんでいるようでした。

広島カープ復帰後は、新井さんのトークが上手くなったと、ファンの間では言われているそうですよ。

今の職業を聞かれると、「モデルです」と答えて、笑いとる新井さん。

「来年は歌でも歌います。今、作詞作曲に忙しいので」と会場を沸かします。

 

引退してから少し時間も経ち、やっと肩の力も抜けてきた頃なんでしょう。

ところどころに、今の生活を楽しんでいることが垣間見れますね。

ファンもこういう新井さんを見たかったのだと思います。

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講演会の中で、新井貴浩は野球少年に向けたメッセージを

講演会のテーマが「新井さんと紙屋町基町と旧広島市民球場」ということで、地元トークで盛り上がりました。

まずは新井貴浩さん自身の出身地のことが話題に上りました。

ウィキペディアとかでは広島市江波出身と書かれているけど、本当は安佐北区高陽町出身なんです」と、ファンに新ネタを披露してくれた新井さん。

なかなかサービスがきめ細かいですね。

 

そして、2008年まで広島カープのホームグラウンドだった、旧広島市民球場の思い出話に花が咲きます。

子供のころからカープファンで、パジャマもカープのユニフォームを模したものでした。

広島工業高校で野球に打ち込み、駒澤大学を経て憧れのカープに入団できたときの喜びを語ります

旧広島市民球場には、スランプを乗り越え、ひたすら努力を続けて這い上がってきた新井さんの汗と涙がしみ込んでいるのです。

 

その体験を踏まえて、野球少年に向けてこんなメッセージを送っています。

「たくさんの出会いにめぐまれて、めちゃくちゃ野球が下手だった僕でもやればできた。子供たちにも夢を持ってほしいです」。

沢山のカープファンの子供たちに向け、チーム愛に満ちた良い言葉ではないでしょうか。

プライベートでも公式の場でも、愛する息子さんたちを大切にしている新井さんの言葉には暖かみがありますね。

 

話題は、2014年の広島カープへの復帰、2016年のカープ25年ぶりのリーグ優勝の時へ移ります。

新井貴浩さんが阪神を去り自由契約選手になった際に、声をかけてくれたのは黒田博樹選手だったそうです。

「黒田さんが声をかけてくれなかったら、広島復帰もなかったでしょうね」と、黒田博樹さんへの感謝を述べています。

 

それくらい友情の厚い新井さんと黒田さんが、リーグ優勝が決まった瞬間に抱き合って泣いたのは当然ですね。

「泣いたのは黒田さんです。嗚咽しそうなくらい泣いている黒田さんから、もらい泣きしてしまって」と照れ隠しをしながらもまんざらではない様子。

「盟友」と呼ぶにふさわしい、二人のエピソードではないでしょうか。

新井貴浩さんが自身で語ったように、黒田博樹さんや金本知憲さんなど、いろいろな人に出会い、愛されたからこそ今の新井さんがいるのですね。

「一生忘れられない」という、広島復帰時のファンからの大声援なども、新井さんが出会いを大切にする人柄であったからこそ得られたものだったのです。

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