この記事では、新井貴浩さんの嫁・大橋裕美子さんに関する内容をお伝えしています。

広島と阪神で20年間活躍し、2018年に引退した新井貴浩さんの嫁は、大橋裕美子さんです。

4番として華々しい活躍をしながらも、怪我と戦い続ける苦労の日々を送った新井貴浩さん。

その嫁、大橋裕美子さんとはどのような馴れ初めがあったのでしょうか。

新井貴浩さんの活躍を振り返りながら、ご紹介していきたいと思います。

 

この記事をお読み頂くことで、

・新井さんの嫁さんってどんな人なのか?

・二人の馴れ初めは?

・偉業達成時に送られた手紙が素敵…!

 

等について知ることができます。

野球犬

ぜひ最後までお付き合い下さい!

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新井貴浩の嫁・大橋裕美子ってどういう人?

新井貴浩さんは、広島、阪神で活躍した名打者です。

1998年にプロ入りし、2018年に引退するまでの20年間活躍していました。

その新井貴浩さんの嫁、大橋裕美子さんをはどのような方でしょうか?

 

まずは、新井貴浩さんのプロフィールを簡単に振り返ってみたいと思います。

新井貴浩さんは、広島工業高校出身です。

残念ながら、甲子園出場経験はありませんでした。

 

高校卒業後、駒澤大学に進学し、東都大学野球リーグで活躍。

スカウトから注目されるような成績はのこしていませんが、本人はどうしてもプロ野球選手になりたいと熱望します。

自ら大学の先輩である、野村謙二郎選手を訪問してアピールするなどし、最終的には、広島ドラフト6位指名を得ました。

 

自らが、スター選手でないことを自覚していた新井選手は、入団後、猛練習に明け暮れます。

ドラフト6位の選手である新井選手は、怪我をしたらそれまでの選手であるという、待遇の中での練習の日々でした。

徹底的に絞られた結果、打者としての才能を徐々に開花していきます

2002年には、全試合フル出場を果たし、4番打者として28本塁打を記録するなど、大きく成長していました。

しかし、その後は不振に陥ったり、怪我を繰り返すことになります。

 

2007年、FA権を行使し、尊敬する先輩である、金本知憲選手がいる阪神へ移籍します。

金本選手の代わりに4番に座り、結果を残しますが、腰部の怪我により成績は低迷します。

 

2014年に自由契約で古巣・広島に復帰し、怪我をカバーするような起用のしかたがうまくマッチして、成績は徐々に向上。

2016年には広島のリーグ優勝に貢献、自身も2000本安打を記録するなどの最高の年になりました。

 

そしてプロ20年目の2018年、怪我や不信により、41歳で現役引退を決意しました。

 

こうして、新井選手のヒストリーを振り返ってみると、山あり谷ありのプロ野球選手人生だったことが分かりますね。

 

新井貴浩さんの、人生を家庭から支えたのが、嫁の大橋裕美子さんです。

裕美子さんは、キリっとした美人な方ですね。

それもそのはずで、乙女塾というアイドルグループの6期生として、タレント活動をしていた方だったのです。

元アイドルならば、美人なのも納得ですね。

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新井貴浩と嫁・大橋裕美子の馴れ初めは?

新井貴浩さんと、その嫁の大橋裕美子さんは、どのように出会ったのでしょうか?

その馴れ初めをたどっていきたいと思います。

 

じつは二人の出会いは、新井貴浩さんがプロ野球選手になる前、大学時代までさかのぼります。

新井貴浩さんと、大橋裕美子さんは、駒澤大学の同期生だったのです。

大学在学中から交際を始め、6年間交際したのち、2003年12月に結婚しています。

プロスポーツ選手と元アイドルタレントという組み合わせから、てっきりプロの世界に入ってから出会いがあったのかと思いましたが、意外でした。

6年間も交際したうえでの結婚ということは、お互いが相手のことを理解しているからできることなのでしょう。

それぞれがプロの世界に飛び込んで、そこに居場所を作りだすまでの間は、結婚に踏み切ることを見送ったのかもしれません。

よほど絆が強くないと、難しいことだったのではないかと思います。

 

家庭では、大橋裕美子さんのほうが2歳年上の姉さん女房ということです。

すっかりいじられキャラのイメージが浸透した、温厚な性格の新井貴浩さんには、プライベートをしっかりと支えてくれるパートナーとして、年上の裕美子さんの存在が大きかったのでしょう。

何度も怪我に泣かされ、そのたびに努力して怪我を克服し、また活躍をつづけるような生活には、家庭というルーツが大事です。

頼りになる姉さん女房がいて、愛するお子さん2人にも恵まれた家庭があってこそ、新井選手はプロの熾烈な競争世界に飛び込んでいけたのです。

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