この記事では、斎藤佑樹選手の背番号18から背番号1に変更になった経緯や周りの反応などを紹介しています。 

 

斎藤佑樹選手が背番号変更しているのはご存じでしょうか。 

 

18番から1番になったのは2017年の出来事です。 

 

その経緯や周りの反応、さらには背番号変更した年の成績を紹介します。 

スポンサーリンク

斎藤佑樹の背番号が変更となった当時のチーム事情

背番号とはその選手の代名詞ともなりうるものです。 

 

  • 5と言えば長嶋茂雄 
  • 3と言えば王貞治 
  • 55と言えば松井秀喜 
  • 51と言えばイチロー

 

このように、チームの背番号=当選手であり 

プロ野球選手の中にも、自身の背番号にこだわりを持っている人は多いはずです。 

 

斎藤佑樹選手が日ハムに入団したときの背番号が 

 

「18」 

 

日本プロ野球においては「18」はエースナンバーの代名詞です。 

それだけ入団当初の斎藤佑樹選手に対して、日ハムからの期待も高かったということでしょう。 

 

しかし蓋を開けてみると、1年目以降 

斎藤佑樹選手の成績は「いまいち」という評価が多いです。 

 

そして2017年、ついに背番号変更が告げられます。 

 

次の背番号は 

 

「1」 

 

「マジか!」と当時驚いた人も多いはず。 

「1」というと 

 

  • アマチュア野球ではエースを表す (高校時代は1番だった)
  • 日ハムでは陽岱鋼(17年にFA)がつけていた背番号 

 

になります。 

この背番号になった理由には、チームとしての事情があるようです。 

 

そもそもかなり高い期待値だった斎藤佑樹選手。 

球団側としても「このまま終わってほしくない」という気持ちがあります。 

 

だからこそ「アマチュア時代のように輝いてほしい」「球団はまだ期待をしている」 

というメッセージを込めているのです。 

 

また、栗山監督も斎藤佑樹選手はかなり高く評価し続けています。 

 

勝たせてあげられないのは俺のせい 

 

とインタビューで答えるほど、斎藤佑樹選手を買っているあたりからも、 

球団の意見としての第一人者である可能性は高いです。 

 

前向きな意見ばかりが並んでいますが、一方で裏の意味合いも見え隠れします。 

 

一つは斎藤佑樹選手の知名度を使った「話題作り」 

成績が良いわけではないのに、なぜかファンの注目が集まります。 

 

やはりハンカチ王子として名をはせたころのイメージが強いからでしょう。 

 

その知名度を利用して、背番号を「1」にすることで、一気に日ハムに対する関心を引こうというわけです。 

 

また、球団側からの斎藤佑樹選手への最後通告という見方もあります。 

 

真偽は分かりませんが、他とは違う異例の対応であることは間違いありません。 

スポンサーリンク

「斎藤佑樹・背番号1」に対するネットの声が残酷…

異例の対応なだけに、ネットでも異例の反応が出ています。 

 

斎藤佑樹選手の場合、勝っても負けてもなぜか注目が集まります。 

 

それは意見がはっきり分かれるネットの住民だけでなく、メディアという本来中立であるはずの立場の側でさえ、「斎藤佑樹選手がファーム今季初登板」と取り上げます。 

 

ファームで初登板を報道するってどんな扱い… 

 

と思いますが、やはりそれだけ注目が集まる選手なのです。 

例外なく背番号1に変更されたという報道がされ、ネットでも注目の的になります。 

 

そのネットの声が異例でした。 かなり残酷な声が多いのです。 

 

  • 斎藤佑樹が背番号1に…ヤバイ、ネットが荒れる!! 
  • なんで斎藤佑樹が背番号1なの 
  • 18から変えるのは別にいいが、ダイカンの1番をそんな軽く扱わないでくれよ 
  • 危機感持っているなら110か、119! 
  • 来季ダメなら最後だね。最後の花道感がすごい 

 

アンチ斎藤はネットの中でも多く存在します(その分応援している人も多い)。 

 

とくに背番号三桁案は、もはや育成かコーチかの可能性大ですね。 

 

かなり酷評をされていると判断して良いでしょう。 

また、球団の思惑を見透かしているのか、「最後の花道」と考えている人もいるようです。 

 

2020年2月現在、まだ引退報道は出ていません。 

 

かなり危機的状況だとは思います。 

それでも注目が集まるのはなぜなのでしょうか… 

スポンサーリンク