この記事では、野村克也さんの引退試合に纏わるエピソードについてお伝しています。

プロ野球選手の引退試合は、どの選手であっても感動的ですよね。

最後までやりきった選手、支え続けた家族、応援し続けたファン。

皆が涙を流して別れを惜しむ・・・そんなシーンが多いように思います。

しかし、野村克也さんが引退試合後に流した涙には、感動とはほど遠い別の意味が込められていました。

 

この記事をお読み頂くことで、

・野村克也の引退試合を振り返る

・引退試合で流した『涙』が悲しい…

・引退後の名言が!!

 

等について知ることができます。

野球犬

ぜひ最後までお付き合い下さい!

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野村克也の引退試合はどうだった?

 

野村克也さんが現役選手として最後に出場したのは1980年の10月4日です。

ですがこの試合に出場した時点では、引退するとは決めていませんでした。

現役を引退する決断をしたのは同年の11月15日、球団幹部との話し合いの末に出した結論だったのです

 

球史に名を残すスラッガー・野村克也とはいえ、45歳という年齢には勝てませんでした。

本人は翌年以降の現役続行に意欲的ではあったものの、衰えは顕著で引退を囁かれる状態だったそうです。

野村克也さんの功績を称え、西武ライオンズは球団として最大限の誠意を見せました。

 

翌日の11月16日、地元西武球場で盛大な引退セレモニーを開いたのです。

最近行われている現役選手の引退試合は、『シーズン中に一打席だけプレーする』といったパターンが多いですよね。

ですが野村克也さんの場合はシーズンは終了してしまっていたため、別日に行われました。

 

公式記録には残りませんが、1980年11月16日に行われたセレモニーこそが、野村克也の引退試合と言えるでしょう。

・・・と言う訳で、今回は引退セレモニー=引退試合と表現させていただいております。

引退試合の様子については、以下をご覧いただければと思います↓

引退セレモニーは西武全選手が一・三塁間に横一列で並び、一人ずつピッチャーマウンド上のマイクで言葉を贈った後キャッチャーズボックスで構える野村に投球し、それを野村が受けるというものだった。南海の高卒新人捕手香川伸行から花束贈呈された。

野村克也さんは偉大な記録を残した名選手でした。

チームの勝利だけでなく、プロ野球の人気と発展にも大いに貢献したと思います。

 

そのような功労者の引き際が寂しいものだったとしたら、ファンとしても悲しい気持ちになってしまうところ。

盛大な引退試合をやってくれた球団の粋な計らいは、野村克也さんや彼を支えてくれた人たち、そして多くのファンにとっても最高の贈り物になりましたよね!

・・・と、これで終われば気持ちの良いものだったのですが。

何ともやりきれない、悲しいエピソードがありました。

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引退試合後に野村克也が流した涙の理由が…

何ともやりきれないエピソードとは何か?

それは後日、野村克也さんがこのように話していました。

「引退の挨拶してるのに、お客さんはゾロゾロと帰っていった」

これは切ない・・・。

本当に長かった現役生活、それをやりきった今の気持ちを心を込めて話していた矢先です。

 

引退試合が終わり、野村克也さんはベンチ裏で大泣きしたそうです。

その涙の理由は、嬉しいから?悲しいから?

・・・いいえ、悔しさのあまり流れ出た涙でした。

昨今の引退試合を見ると、選手が話している最中にファンが『ゾロゾロ帰る』なんてことはないと思います。

これは『素敵なファンがプロ野球に増えた!』と言えるのではないでしょうか。

ノムさんの悔し涙は無駄にはならなかった、そう思いたいですよね。

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