この記事では、野村克也さんの現役時代の成績等についてお伝えしています。

野村克也さんと言えば、名監督であり名解説者でもあります。

ですが、現役時代の成績が恐ろしい程に凄かったことをご存じでしょうか?

 

この記事をお読み頂くことで、

・野村克也さんの現役時代の『凄すぎる』成績

・成績以外の面についても

・野村克也さんの優秀すぎる教え子達

 

等について知ることができます。

野球犬

ぜひ最後までお付き合い下さい!

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野村克也、現役時代の成績がチート過ぎwww

それでは、野村克也さんが残した現役時代の成績をご覧下さい。

如何でしょう?

前提として、これだけの打撃成績をキャッチャーを務めながら残したこと。

ありえないくらい凄いことですよね。

数字だけではちょっと分かりにくいかと思いますので、その凄さを抜粋してお伝え致しますと・・・。

・王貞治さんに次ぐ、歴代二位の通算ホームラン数
・戦後初・そしてキャッチャーとして唯一の三冠王
・七年連続でホームラン王に輝く
・ベストナイン19回
・これらの打撃成績をキャッチャーを務めながら達成

 

いやあー、活字にすると分かりやすいチート感ですねwww

今更言うのも何ですが、バッターに専念していたとしたら・・・もっと凄い成績を残していたのでしょうか?

こればかりは神のみぞ知ることですが。

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野村克也の現役時代の成績をピックアップ

2019年のプロ野球の中で最も話題となったニュースの一つとして挙げられるのは、西武ライオンズの森友哉選手が捕手として史上四人目の首位打者を獲得した事でしょう。

この記録は実に54年ぶりの快挙として野球ファンの多くを驚かせました。

この事から見ても捕手というポジションをこなしながら打撃での好成績を残す事がいかに難しいかが分かるでしょう。

 

捕手というのはそのポジションの性質上、打撃に割ける練習時間が他の野手に比べて格段に少なくなるので、打者としてはどうしても内野手や外野手に対し劣ってしまうのです。

そんな中で久しぶりに首位打者を獲得した森友哉選手の栗色の髪を「黒くしなさい」といつもぼやきながら怒っているのが、54年前に同じ捕手として首位打者を獲得している野村克也さんです。

 

野村さんは捕手というポジションにつきながら、2901本の安打数や657本の本塁打数(どちらもプロ野球史上歴代2位の記録)などの成績を残した屈指の名打者です。

野村さんは期待の新人としてドラフト入団してきた選手達とは違い、テスト生としてプロ野球の門を叩いており、ご自身では

「入団当時は期待なんて全くされていない単なるブルペンキャッチャー要員だった」

と述懐しています。

 

子供の頃はとにかく貧しい家庭環境で育ったという野村さんは、そのハングリー精神で「何とかこのプロの世界にしがみつこう」と誰よりもバットを振ったそうです。

入団してまだ間もない頃、素振りで出来たそのマメをコーチに褒められた事がとにかく嬉しくてさらに夢中になってバットを振り続けます。

そしてその血の滲むような努力が実を結び、捕手としてのレギュラーをテスト生から見事掴み取り、あの輝かしい成績を生み出していったのです。

 

そんな野村さんの現役生活での素晴らしい打撃成績を挙げだしたら本当にキリがないのですが(笑)

これまでの長いプロ野球の歴史の中でもたった7人しか獲得した事のない三冠王を、捕手として野村さんは獲得しているのですから、打者としてもいかに優秀であったかが分かるでしょう。

心が変われば人生が変わる

ご自身の著で野村さんは「心が変われば人生が変わる」と述べています。

心が変われば態度、行動、習慣、人格が変わる…そしてそれが運命や人生を変えていくというのがご自身の持論です。

野村克也さんはこの「心が変われば人生が変わる」という言葉をまさにご自身で体現してみせました。

京都の片田舎、峰山高校から契約金ゼロでプロの世界に飛び込んだ野村少年は、いつでもひたむきに…そして時には持ち前のずる賢さでスルスルとプロの厳しい世界を這い上がり、ついには長いプロ野球の歴史の中でも傑出した大成績を残す事となったのです。

「心が変われば人生が変わる」を持論にしている野村克也さんは、その独自の思考と血の滲むような努力でプロ野球界でも屈指の好成績を残したということですね。

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野村克也のこれまでを、成績以外にも注目

選手として、監督として、そして評論家としても超一流の野村克也さん。

プロ野球ファンでなくとも、彼の存在を知らないという人は少ないかと思います。

と言いますのも、一時期は奥様の沙知代さんとバラエティー番組等に出演されていましたしね。

ここでは、オールドファン以外にはあまり知られていないであろう、数字だけでは見えにくいような野村克也さんの功績をお伝え致します。

野村克也の現役時代

野村克也さんの現役時代のポジションはキャッチャーでした。

後の活躍からは想像しにくいのですが、ドラフトではなくテスト入団でプロ野球の世界に足を踏み入れました。

決して鳴り物入りでプロ入りしたという訳ではなかったようですね。

1954年にプロ入りし、現役生活は1980年まで続けました。

 

また、南海ホークスに所属していた1970年~1977年の間は選手兼任監督を努めています。

数々の記録を打ち立て、その長い現役生活にピリオドを打ちました。

野村克也の監督時代

現役を引退した野村克也さんでしたが、その後も忙しい日々が続きます。

ヤクルトスワローズの監督に就任すると、長年の現役生活で得た野球理論&選手兼任監督の経験で培った指導力で、ヤクルトスワローズの黄金時代を築きました。

ヤクルトスワローズの監督を退任後に挑んだのは、当時暗黒時代と言われていた阪神タイガースの監督。

そこでは若手の育成に特に力を入れ、後任の星野仙一監督が成し遂げたリーグ優勝に大きく貢献しました。

 

プロ野球の監督として最後に指揮を降るったのは、万年Bクラスだった東北楽天ゴールデンイーグルス。

失礼な言い方になりますが、当時の楽天イーグルスは本当に弱かった・・・。

そんな弱い球団でしたが、ボヤきながらもその手腕を発揮。

チームをリーグ二位へと導き、球団初のクライマックスシリーズ進出を果たしました。

その年、惜しまれつつも楽天イーグルスのユニフォームを脱ぐことになります。

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