王貞治さんは、バットの代わりに日本刀を使って打撃練習をしていたことがあります。

日本刀使った練習は、王貞治さんが一本足打法を生み出すことになったきっかけにもつながっています。

なぜ、そんな危険極まりない行為を練習に取り入れることになったのでしょうか?

エピソードをご紹介していきたいと思います。

 

この記事をお読み頂くことで、

・王貞治さんが日本刀を使った練習をしていた理由

・実はリスクを伴う練習だった…その理由は?

・現代の若手も、王貞治さんの日本刀に興味津々

 

等について知ることができます。

野球犬

ぜひ最後までお付き合い下さい!

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王貞治が日本刀を使っていたのは何故?


野球の練習に日本刀を使うというアイデアは、荒川博打撃コーチが王貞治選手のために編み出したものです。

 

王選手は、巨人に入団してから3年間、成績が伸び悩んでいました。

潜在的な打撃のセンスは誰もが認めるところでしたが、長嶋茂雄選手のように、入団してすぐに華々しい活躍をみせたわけではありません。

1961年は打率2割5分、ホームラン13本と、不本意な結果に終わっています。

巨人の監督に就任した川上監督は、元オリオンズの荒川博氏に入団を打診し、打撃コーチとして王選手を任せることにします。

荒川コーチが王選手のバッティングを見たときに、手足の動きのバランスが悪く、打撃フォームが崩れていると思ったそうです。

ここから王貞治選手が荒川コーチと二人三脚で、打撃フォームの改善に取り組んでいきます

 

まずは、王貞治選手が野球と真剣に向き合うような環境を作ることから始めます。

王選手は若いころは夜遊び好きで、練習がはけると、よく街に繰り出していました。

荒川コーチはそんな王選手に夜遊びを禁じ、打撃練習に取り組むように言い渡します。

王選手もその言を受け入れ、努力を心がけて練習に没頭します。

夜遅くまで続く練習は、チームメイトに命がけの練習だと言わしめるほど、厳しいものでした。

 

その練習のひとつが、バットの代わりに日本刀を持ち、天井から吊り下げた新聞紙や短冊を切る、というものです。

この非常識な練習は、王貞治選手が打撃に取り組む努力の象徴のように思われていますが、実際のところ、王選手の打撃フォームを修正し、一本足打法を習得するために必要な練習だったのです。

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命がけ!?王貞治の日本刀の練習

抜き身の日本刀で野球のスイング練習をするというのは、現代ではとても考えられないことでしょう。

わずかに手元が狂っただけでも命の危険があり、たとえ致命傷でなくても選手生命を失いかねないリスクがあります。

では、なぜあえて危険な練習を取り入れたのでしょうか?

それには3つの理由が挙げられるでしょう。

 

ひとつめの理由として、荒川コーチに居合道の心得があったことが挙げられます。

居合では、正確な角度で斬りつけることを、「刃筋を立てる」と言います。

刃筋を立てることは、バットの芯でボールをとらえることに通じるものです。

しかし、いくら野球の指導者といえども、刀の扱いに慣れているものでなければ、バットの代わりに日本刀を振れとは言えないでしょう。

オリオンズに所属していたときから打撃の指導者として定評があり、居合の心得があった荒川博コーチだからこそ、王選手に日本刀を振らせることができたのです。

 

ふたつめは、日本刀を使うことでダウンスイングを習得することでした。

ホームランを量産するためには、ボールを遠くへ飛ばすためのパワーが必要です。

腕の力だけでバットを振っていては、そのパワーは得られません。

バットの重さを利用する、「袈裟斬り」のようなダウンスイングを身につけるには、重い日本刀を使うことが理想的だったのです。

 

3つめとして、一本足でバッターボックスに立った時も微動だにしない精神力をつけることにありました。

相手のピッチャーと対峙したときに、精神的に揺さぶられ、タイミングをずらされることもあります。

ヒットを打つには、相手に負けない精神力をもって、ジャストミートでボールとらえることが必要となるのです。

まさに、一本足打法の習得に必要な練習であったといえるでしょう。

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