この記事では、稲葉篤紀さんの年俸等についてお伝えしています。

球界入りした東京ヤクルトスワローズから、引退した北海道日本ハムファイターズまでの間、かなりの額を貰っていたのではないか…と思いませんか!?

野球界で最も注目を集める存在である、稲葉篤紀さんが実際に稼いでいた年俸はいくらだったのでしょうか?

また、侍ジャパンの監督として受け取る報酬は…?

 

この記事をお読み頂くことで、

・稲葉篤紀さんの現役時代に稼いだ年俸

・侍ジャパンの監督って、どれくらい貰っているのか?

・かつての恩師の年俸はというと…。

 

等について知ることができます。

野球犬

ぜひ最後までお付き合い下さい!

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稲葉篤紀の現役時代の年俸推移

稲葉篤紀さんのルーキーイヤーの年俸は1000万円。

次の年には、倍額の2200万円になっています。

そこから1998年まで、毎年およそ2000万円ずつ上昇しており、4700万円、6600万円担っています。

 

ですが、1999年から不調により、年俸額が減少しています。

1999年は5450万円。

2000年は4800万円。

2001年は4700万円となっています。

 

2001年のこの年には、当時の所属していた東京ヤクルトスワローズの優勝に貢献したことによって、年俸額が急上昇!

2002年の年俸額は1億円と、大台に乗っています。

続く、2003年からは減俸となり、8800万円。

2004年は7800万円となっています。

この年に、東京ヤクルトスワローズを退団し、2005年から北海道日本ハムファイターズに移籍しました。

 

移籍後すぐの2005年の年俸は6000万円に。

その後、順調に年俸額を上げ8000万円になっています。

2007年には1億4500万円と、1億プレーヤーに戻っています。

 

その後、2008年からは2億4000万円に増俸。

2009年、2010年に2億5000万円。

2011年から、2013年には3年間2億円となりました。

そして現役最後の年となる、2014年に1億3000万円と減俸して、プロ野球選手人生を締めくくりました。

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侍ジャパン監督・稲葉篤紀の年俸はどれくらい?

プロ野球界の監督、コーチ陣の報酬制度は、プロ野球選手同様、年俸制をとっています。

その為、稲葉篤紀さんも同様に年俸制をとっていると考えられますが、実際はどのような形態になっているのでしょうか?

 

調査したところによると、侍ジャパンは実は株市会社で、通常の給料体系とはあまり変わらないようです。

そもそも、侍ジャパンとは、野球に関する単発的なビッグイベントを中長期的な戦略で活動を推進し、収益を上げるという目的があるようです。

そのような目的で設立された、株市会社なので監督コーチに対して給料が支払われていると考えられます。

 

しかし、その詳細な額は公表されていませんでした。

ですが、2013年におこなわれたWBCの監督、コーチ陣の契約金は150万円と50万円という金額だったことは判明しました。

ですから、稲葉篤紀さんの契約金も同様の額ではないでしょうか。

 

仮に同様の金額だった場合、日本を代表するプロ野球の監督、コーチ陣の給料がこれだけであれば少し安すぎるのではないか…と感じませんか?

しかし、ここに優勝賞金の分配があるようです。

2019年のプレミア12の賞金の分配は半分がNPB、残りの半分を選手とコーチに分配されるということになっています。

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