野村克也さんと古田敦也さんの二人は、かつてヤクルトスワローズの監督と選手という関係でした。

領有がいたヤクルトスワローズは本当に強かったと記憶しています。

今回は名将・野村克也と、彼が育てた名キャッチャー・古田敦也、両雄に纏わる仰天エピソードをお伝え致します。

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古田敦也さんプロフィール

生年月日:1965年8月6日
出身地:兵庫県大西市
身長 :182cm
血液型 :B型
所属球団:東京ヤクルトスワローズ

古田敦也さんの成績、詳細はコチラをご覧ください↓

日本を代表する名キャッチャーといっても過言ではない成績ですよね。

キャッチャー=守備の人、というイメージが強いですが、古田敦也さんはバッティングでもチームの要としてチームの勝利に貢献しました。

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野村克也さんプロフィール

生年月日:1935年6月29日
出身地:京都府竹野郡網野町(現・京丹後市)
身長 :175cm
血液型 :B型
所属球団:南海→ロッテ→西武

野村克也さんの成績、詳細はコチラをどうぞ↓

古田敦也さんは日本を代表する名キャッチャーですが、その師匠とも言える野村克也は遥かその上を行く存在と言えるでしょう。

通算安打数はNPB歴代2位、通算ホームラン数もNPB歴代2位、そして史上初の三冠王。

それもキャッチャーというポジションを務めながら、です。

これだけ打てるキャッチャーは、半永久的に現れないかもしれません。

 

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野村克也、古田敦也のドラフト指名を拒否?



野村克也さんがヤクルトスワローズの監督に就任して初めてのドラフト会議でのことです。

球団幹部は社会人野球で大活躍していた、古田敦也さんを上位で指名する方向で決めていました。

その考えに対して、野村克也さんは否定的でした。

野村克也さんは古田敦也さんが眼鏡をかけていることを懸念材料とし「本当に大丈夫なのか」と不安げだったそうです。

そしてドラフト会議直前に、まさかの発言をしました。


「古田敦也のドラフト指名はやめよう。キャッチャーは自分が育てる」


なぜここまで古田敦也さんを指名することに否定的だったのでしょうか?

当時、社会人野球でプレーしていた古田敦也さんの活躍は目覚ましいものでした。

トヨタ自動車の正捕手として都市対抗野球に出場し、その実力が認められ 1988年に開催されたソウルオリンピックの日本代表に選ばれました。

後に日本とメジャーリーグで大活躍することになる、野茂英雄さんとバッテリーを組んだりもしました。

そして日本代表を銀メダルへと導きました。

野村克也さんが監督に就任した当時、古田敦也さんは名実ともにアマチュア界ナンバーワンのキャッチャーと言える存在。

であるにもかかわらず、なぜ???

それは彼なりの持論がありました。


『大学で野球をした選手は、変な癖が付いてしまう・・・だから大卒の名キャッチャーは存在しない』


聞いてみると、それも一理あると思いますよね。

高卒でプロの世界に入ると、プロの指導者がプロで活躍するための指導を施します。

ですが、大学野球の指導者はあくまでアマチュア競技者。

アマチュア競技者の指導を4年も受けると、プロ仕様に修正するのは困難じゃないの?という考えでしょうか。



野村克也さんの不安をよそに、球団は古田敦也さんをドラフト2位で指名しました。

この指名が大正解であったことは皆さんご存じの通り。

古田敦也さんは野村監督のもと、ヤクルトスワローズ黄金期の中核を担う存在となりました。

 

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古田敦也、野村克也からパワハラを!?




野村克也さんの指導の元、名実ともに日本一のキャッチャーとなった古田敦也さん。

もし仮に、ヤクルトスワローズに入団していなかったっとしたら?

ここまでの名捕手になれなかった可能性もあります。

当然ながら、野村克也さんに対して大きな恩を感じていることでしょうね、引退した後も。

ところが現役時代はというと・・・。


古田敦也さん曰く「球場に行くのが嫌になるくらい怒られた」そうです。

更に「お前がいるから負けるんだ!」等と言われたこともあるとか。



パワハラが社会問題になっている今日この頃。

時代が時代なら、野村克也さんの指導方は問題視されていたのかもしれません。

まあ野村克也さん程の人物であれば、飴と鞭は上手く使い分けていたとは思いますが・・・。

厳しい指導に耐えて、超一流のキャッチャーに成長を遂げた古田敦也さんに『アッパレ!』ですね。

 

古田敦也の賢い対処法



パワハラともとれる野村克也さんの指導に対し、古田敦也さんはどのように対処していたのでしょうか?

ただ単にグッと耐えていたのか?

その辺について、古田敦也さんはテレビ番組でこのように答えていました。


「基本的に逆らわず、聞かれても『そうですね』と答える。」


やはりこれしか無かったみたいですね。

とにかく我慢して、イエスマンに徹する。

普通だったら耐えかねる状況だったかもしれません。

ですが、『あの野村克也』が言っていることだから・・・と納得できるところもあったかと思います。

圧倒的な実力を持つ上司からの意見であれば、ある程度は素直に受け入れることができる。

これは一般社会においても同じことが言えそうですね。

 

お悩みの方は、古田敦也を参考に

会社で上司等からのパワハラに悩んでいる人は、本当に沢山いると思います。

この記事を読んでいただいている、あなたはどうですか?

もし仮にそうであった場合、古田敦也さんの上司(この場合は野村克也監督)への対処法が参考になると思います。

通常、上司は部下よりキャリアがあり能力も上の筈です。

性格が合う合わないというのはありますが、まずはその事実を受け止める。

そして素直に指示通りに仕事に取り組む。

これを繰り返せば、実力は上司に近づくことができると思います。

ここでも忍耐は必要になってきますが、もし怒られたとしても『今に見ていろよ!』とストレスをエネルギーに変える。

こうやった方が、ただ単に上司を嫌って言うこと聞かないよりも、遥かに生産性があるのではないでしょうか。

 

まとめ

野村克也さん&古田敦也さんの師弟関係に纏わるエピソードをメインにお伝え致しました。

パワハラともとれる指導方の指揮官と、そしてそれに耐え素直に実行した教え子。

更に、その指導方が良しとされていた時代。

全てが揃っていたからこそ、上手くいったのかな?と個人的には思います。

巡り合わせって本当に大切ですよね。

今回、両雄のエピソードを知り、つくづくそう感じました。

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