今回は、野村克也さんの前夫人と子供についてお伝え致します。

最愛の沙知代夫人に先立たれ、一時は憔悴しきった様子でしたが、最近では解説等元気に仕事されている姿をテレビ等で見かけるようになりました。

愛妻家の野村克也さんですが、実は沙知代さんは二人目の夫人だったことをご存じでしょうか?

前夫人と、その間に生まれた子供についてはネット上に画像もありました。

一体どのような人物だったのでしょうか?

また、結婚から離婚に至ったエピソードも気になるところですよね。

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画像あり:野村克也・前夫人&子供の情報

野村克也さんは1960年に結婚、翌年の1961年に長男が生まれました。

お相手の名前は正子(まさこ)さんといい、南海電鉄の社長令嬢だったそうです。

南海電鉄と言えば、前身である大阪堺間鉄道が1884年に設立されて以来、実に130年以上の歴史を誇る大手私鉄。

そんな大きな企業の社長の娘さんと結婚していたんですね。

翌年には長男・陽一さんという子宝にも恵まれ、端からみると順風満帆のように感じてしまいますよね。

野村克也さん、前夫人の正子さん、子供の陽一さんが一緒に写っている画像がこちらです↓

 

 

前夫人の正子さんですが、横顔しか見えないものの美人さんですよね。

また抱っこされている子供の陽一さんも、とても可愛らしい笑顔をしています。

この画像からは家族の仲はとても良く、公私ともに順調のように思えます。

実際、前夫人の正子さんと結婚して以降の、野村克也さんの活躍っぷりは凄いものがありました。

結婚した翌年の1961年以降の成績は以下の通りです。


・6年連続で打点王のタイトル獲得(1962~1967)

・8年連続でホームラン王のタイトル獲得(1961~1968)

・戦後初の三冠王(打率・打点・ホームラン)を獲得(1965)


・・・如何でしょうか?この圧倒的な成績!

どれも凄いことなのですが、特に注目していただきたいのは1965年に達成した三冠王です。

打率・打点・ホームランのタイトルを同時に達成するという快挙。

つまり、戦後初の三冠王!この偉業を達成したのは野村克也だったんですね。

三冠王を達成することが如何に困難な事か?

それは、平成という時代に三冠王を達成したのは松中信彦さんたった一人だけ・・・とお伝えすればお分かりいただけるかと思います。

平成に活躍したプロ野球選手は沢山います。

日本プロ野球を飛び出し、メジャーリーグに挑戦した選手も多数存在しました。

イチロー、松井秀喜、城島健司、福留孝介・・・三冠王の可能性も十分にあった、日本を代表するスラッガー達。

そんな彼らでさえ、三冠王には縁がありませんでした。

これだけの偉業を成し遂げた選手でしたが、やはり正子さんのサポートが無ければ困難だったと思います。

実際、正子さんの評判はとても良く『自分は一歩引いて、旦那さんを立てるタイプの人』と言われていたとか。

野村克也さんの活躍を見ても、前夫人の正子さんは理想の奥さんだったのでは?と思えますよね。

 

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前夫人と離婚が大変だった

一見、理想の夫婦と思われそうな二人でしたが、1968年頃には別居を開始していたそうです。

別居中の1970年に、後に二人目の奥さんとなる沙知代さんと出会います。

二人が出会ったのは東京都内にある中華料理店だったとの情報がありました。

当時、沙知代さんのことを『明るい女性だな』と好意的に思ったそうです。

沙知代さんとの出会いから3年ほど経った1973年、次男の克則さんが誕生しました。

「・・・あれ?」と思いませんでしたか?

そうです、克則さんが誕生した1973年時点では、正子さんとの離婚は成立していませんでした。

時代がそうだったのか?今ではちょっと考えられないことですよね。

離婚が成立していなかった理由は、正子さんが離婚する気がなかったからです。

野村克也さんは気持ちが離れてはいたものの、正子さんはそうではなかったのでしょうか。

お互い納得した上での別居ならまだしも、何だか悲しいことですよね。

克則さんが誕生して以降も、正子さんは離婚を拒んでいたようです。

離婚が成立したのは1978年、別居して実に10年後のことでした。

 

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前夫人との離婚の真相

ここまでの情報からすると、多くの人はこう思ったのではないでしょうか?

・野村克也さんが浮気した。

・前夫人は別居後も野村克也さんを慕っていた。

・・・ですが、真相は全く逆だった可能性が高まりました。

以前、野村克也さんがテレビ番組で、前夫人との離婚についてこのように答えてました。

「前夫人が浮気をしたからで、自分が前妻を捨てたのではない。事実は逆」

この野村克也さんの発言に、野村克也さんを長年知る人は大きな衝撃を受けたと思います。

前夫人は既に亡くなられているため、事実を確認しようがありませんが・・・。

 

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実は沙知代夫人も・・・。

 

野村克也さんと結婚した沙知代さんでしたが、実は彼女も二度目の結婚でした。

1957年にアメリカ人の男性と一度目の結婚、そして二人の子供を出産していました。

二人の子供の名前ですが、長男はダン野村、次男はケニー野村といいました。

野村克也さんと再婚後は二人とも戸籍を変更し、長男は『ダン野村→野村克晃』、次男は『ケニー野村→野村克彦』へと名前を変えました。

再婚後は5人家族の大黒柱となった野村克也さんでしたが、野球人として結果を残すことでその役目を果たしましたね。

 

克則も実は凄かった!

 

名選手である野村克也の息子!として、鳴り物入りでプロ入りした野村克則さん。

そのプレッシャーに負けてしまったのか?

プロ入り後は目立った活躍は出来ませんでした。

現役生活の締め括りは、東北楽天ゴールデンイーグルスで受けた戦力外通告でした。

・・・が、ここで終わらないのが野村克也の息子たる由縁。

コーチとして球団に残ってからが、彼の才能を発揮するスタートとなりました。

的確な指導力で人柄も良いと評判になる程で、2015年には東京ヤクルトスワローズの一軍コーチという大役を担い、リーグ優勝に貢献。

コーチ歴は優に10年を越えていることから、如何に克則さんの指導力が必要とされているのか?がお分かりいただけると思います。

父・野村克也さんは名選手でもあり、名監督でもありました。

克則さんは、お父さんの指導者としての才能を強く受け継いだようですね。

 

まとめ

前夫人が社長令嬢だったこと、また離婚理由が予想と反対だったことがとても衝撃的でした。

プロ野球の世界では上手くいったものの、私生活では色々大変だったみたいですね。

沙知代夫人に先立たれてしまい寂しいかと思いますが、今後もメディアを通じてファンに『ボヤキ』を聞かせて欲しいと思います。

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