王貞治さんの国籍がどこなのか、ご存じでしょうか?

世界ホームラン記録樹立のときに、国民栄誉賞第一号をもらった国民的ヒーローは、実は日本国籍ではありませんでした。

王貞治さんの国籍に間する考え方やエピソードを、ご紹介していきたいと思います。

 

この記事をお読み頂くことで、

・王貞治さんの国籍などについて

・国籍を変更しない理由…

 

等について知ることができます。

野球犬

ぜひ最後までお付き合い下さい!

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王貞治の国籍は?

王貞治さんはの国籍は中華民国(台湾)です。

王貞治さんの父親、王仕福さんは中国浙江省の出身で、来日して日本人の登美さんと結婚します。

1940年、王貞治さんは、王家の次男として東京で生まれています。

それまで、中国は国民党の中華民国でしたが、1949年、共産党政権の中華人民共和国へと変わります。

父親の王仕福さんは、国民党の支持者だったので中華民国の国籍のまま戸籍を変えなかったのです。

王貞治さんは日本人女性と結婚しているので、国籍を変えることもできたのですが、特に変えることはありませんでした。

その後も、国籍について変更はしていません

 

国籍については、特に気にしていないような王貞治さんですが、著書『回想』では、国体についての記載があります。

1957年の清水国体に、「国籍規定」のため出場できなかったことについては「悔しかったこと」と記しているのです。

後の話になりますが、この記述については「それほどまでに悔しいというほどでもなかった」というように語っていますので、昔の思い出という感じなのでしょう。

甲子園には早稲田実業学校から出場し、優勝投手にもなっている王貞治さんなので、国籍であまり悔しい思いをしたこともなかったというのが事実のようです。

 

国籍についてのエピソードのひとつに、父親の仕福さんからの教育がありました。

日本に生かされているのだから、日本人とは仲良くやるように、というものです。

王貞治さんが、ファンや他の人たちに誠実に優しく対応するのは、この言葉がつねに頭にあったからではないでしょうか。

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王貞治が国民栄誉賞を受賞した時の国籍も…

1977年9月3日、王貞治さんが放った一本のホームランは、日本中を沸かす大きなホームランになりました。

通算756号

ハンク・アーロン選手が持つメジャー本塁打記録を抜く、ホームラン世界記録達成の一打だったからです。

 

この偉業をたたえるために、王貞治選手には国民栄誉賞第一号が贈られました。

今では当然のように思えるこの受賞ですが、当時はいろいろと議論を引き起こしているのです。

王貞治さんは日本国籍ではないため、国民栄誉賞を贈るのはどうか、というのがその主旨です。

その裏側では、日中国交正常化アピールなどの意図があったのではないか、という憶測もあります。

国籍がどうであろうと、すばらしい功績を残した人には国民栄誉賞を贈るのはおかしなことでありません。

しかし、当時は複雑な状況でもあったのは事実です。

 

では、王貞治さん本人は、受賞についてどのように思っていたのでしょうか?

そのことについては、「あまり深く考えていなかった」というのが本音のようです。

野球一筋でやってきて、ホームラン記録を達成することにすべてを費やしていた王選手にとっては、国民栄誉賞や国籍などという問題についてはあまり気にするべきことではなかったのではないでしょうか。

賞については、記録達成の後からやってきたものであり、「断るのも穏やかでないから」受け取ったということです。

野球以外のことはおおらかにという、王貞治さんの人柄がよく表れたエピソードといえますね。

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