この記事では、年棒推移を見ながら、もし現在の価値にしたら、一体いくら位になったのかについてもご紹介しています。

王貞治さんは、選手時代にはホームラン世界記録、そして監督時代にはチームを日本一へ導くなど、すばらしい実績を残しています。

そんな王貞治さんの生涯年棒は、いくらだったのでしょうか?

 

この記事をお読み頂くことで、

・王貞治さんの現役時代、そして監督時代の年俸推移

・もし現在、王貞治さんが現役だったとしたら…年俸はどれくらい?

 

等について知ることができます。

野球犬

ぜひ最後までお付き合い下さい!

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王貞治の年俸推移(現役時代)


まずは、王貞治選手の現役時代の年棒推移ををご覧ください。

 

年度 年齢 年俸(万円) 本塁打 タイトル
1959 19 144 7
1960 20 160 17
1961 21 300 13
1962 22 400 38 本塁打、打点王
1963 23 700 40
1964 24 1000 55 55本達成、MVP
1965 25 1440 42 MVP
1966 26 1700 48
1967 27 2200 47 MVP
1968 28 3200 49
1969 29 3600 44 MVP
1970 30 4080 47
1971 31 4260 39
1972 32 4260 48
1973 33 4800 51 三冠王、MVP
1974 34 5220 49 三冠王、MVP
1975 35 5260 33
1976 36 5260 49
1977 37 6300 50 本塁打世界記録
1978 38 7740 39
1979 39 8140 33
1980 40 8160 30

 

王貞治選手は、早稲田実業高校卒業後、巨人軍に入団。契約金1800万円、年棒は144万円でした。

当時の高卒ルーキーとしては高額な契約でした。

入団5年目の1963年に年棒が前年の400万円から、700万円に大きくあがっています。

前年にホームラン38本、打点85と、二冠を達成した実績の反映されていますね。

その後も、シーズン55本の本塁打記録を達成、2度の三冠王に輝くなど、野球選手としてすばらしい成績を重ねていきます。

年棒のほうもそれに合わせて上昇し、1980年の引退の年には、8160万円に達しました。

王貞治選手の現役時代の年棒の合計額は、7億8324万円です。

巨人のV9時代を一緒に支えた長嶋茂雄さんが4億3640万ですから、やはり別格ですね!

 

王選手は、契約更改の際、一度ももめることがなかったといいます。

お金に関しては淡泊な性格だったようです。

しかし、王貞治さんほどの選手がこの程度の提示金額で納得していることが、日本のプロ野球界に年棒が上がりにくい雰囲気をつくっていた面も否めません。

1987年、落合博満選手が初の1億円プレイヤーになるまで、このような状態が続いていました。

プロフェッショナルであるならば、報酬はひとつのステータスであるという認識が根付くには、時代が少し早かったのかもしれません。

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王貞治の年俸推移(監督時代)

1981年~1983年、王貞治さんは巨人の助監督を務めています。

この期間の最高年棒は2800万円。

世界の王にしては、ちょっと金額が低いのではと思いませんか?

しかし、現役を引退した後に、プロ野球の世界に残れるのは、ほんの一握りの人たちに限られます。

ほとんどの選手は、引退後は第2の人生を歩まなければならないのです。

プロとして勝負の世界に残ることを求められ、それに応じることができたのですから、金額の多寡ではないのかもしれませんね。

 

王貞治さんが巨人の監督を務めた1984年から1988年までの年棒は、5000万円です。

この額は、王選手が三冠王を獲得したときの年棒とほぼ一緒くらいです。

巨人の監督として、5年連続Aクラス、リーグ優勝1回のすばらしい成績を残して、勇退しています。

 

巨人監督引退後、野球解説者として活躍していた王貞治さん。

そこへ、当時ホークスの監督だった根本睦夫さんから、ホークス監督就任のオファーが入ります。

初めのうちは断っていたそうですが、根本監督の熱心な説得により、王貞治さんの心の中に、再び野球がやりたいという想いが生まれます。

 

そして、1995年、王貞治さんは、福岡ダイエーホークスの監督として就任しました。

この時の年棒は、1億55000万円です。

90年代に入ると、プロ野球の年棒はかなり上がっているのですね。

14年間、ホークスを率いた王監督の年棒は、合計27億円になります。

Bクラスチームだったホークスを常勝軍団に育てあげ、リーグ優勝3回、日本一を2回と、文句ない成績を残しました。

このような実績をつくりあげたのですから、金額だけでは語れない貢献があったと誰もが認めるところでしょう。

 

選手時代・監督時代を合わせた、王貞治さんの生涯年棒は38億円にもなります!

2018年、王貞治さんが再婚を決めた際に、次女の理恵さんが反対した理由のひとつとして、王さんが持つ資産が狙いではないかという噂もありました。

しかし、最終的には理恵さんも再婚を認めているので、そのようなことはなかったのでしょう。

日本のプロ野球に多大な貢献をしたきた王貞治さんなので、再婚後も充実した生活を送っていただきたいと思います。

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