この記事では、王貞治さんの通算成績についてお伝えしています。

世界のホームラン王こと王貞治さんの通算成績は、凄すぎる…という表現を通り越し、もはや伝説級。

現役引退後も、監督としてのすぐれた手腕を発揮した「努力の天才」

その野球人生を支えた信念を、ぜひ知っていただきたいとおもいます。

 

この記事をお読み頂くことで、

・これが「世界の王」の通算成績!

・凄いのは長打力だけじゃなかった

・その中でも、挫折を経験していた

 

等について知ることができます。

野球犬

ぜひ最後までお付き合い下さい!

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王貞治の凄すぎる通算成績


こんなシーンを思い描いてみてください。

バッターボックスに立った王の右足が、力強く大地に振り下ろされると同時に、白球はライトスタンドへ吸い込まれていく。

キーンというバットの音は、その後から聞こえてきたように感じた。

一瞬、静まりかえったスタンドから、うねるように歓声が湧きたち、観衆は立ち上がり、熱狂し、しばらく静まることはなかった。

これが、王貞治さんの通算第756号、世界新記録樹立となるホームランが放たれた瞬間です。

 

それまで、日本のプロ野球は、なにかというとメジャーリーグと比較され、どことなく野球の本場ではない日陰もの扱いをうけているという後ろめたさがありました。。

しかし、この一発のホームランによって世界記録が達成され、日本の野球ファンは、一気に溜飲を下げることになったのです。

王貞治さんの通算成績はというと、試合出場数2381、打席数11866 打率3割1厘 打点2170。

そしてなんといっても、ホームラン868本!

10本のヒットのうち、約1本はホームランを打ったのですから、これは凄すぎです。

 

ちなみに、メジャーリーグのホームラン記録は、バリー・ボンズの762本です。

このホームラン記録は今も抜かれておらず、いまだに世界記録なのです。

王貞治さんは、まさに日本が誇るアスリートであり、当時の野球ファンたちの希望でした。

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王貞治の成績で凄すぎるのは、ホームランだけではない

王貞治さんは、1959年、早稲田実業高校を卒業して、巨人に入団します。

契約金は1800万円。

当時としては高校選手として破格の金額でしたが、それでも後の活躍を考えれば、巨人はべらぼうに安い買い物をしたことになります。

 

入団当初は甲子園の優勝投手として、ピッチャーとしての活躍を見込まれたものの、打撃の才能を見いだされバッターに転向しています。

巨人の打撃コーチだった荒川博は、王貞治さんに一本足打法という打撃法を教え込み、ここからバッティングが安定してヒットを量産するようになります。

巨人の不動の4番は、こうして生まれました。

 

王貞治さんと長嶋茂雄さんのONコンビは、1965年から1973年までのV9達成という、巨人の黄金時代を作り上げる原動力になりました。

選手として、三冠王の達成やホームラン記録への挑戦と、常に上へ上へと目指して進んでいきます。

この姿は、当時の野球ファンのあこがれであり、子供たちのスーパーヒーローとして目に焼き付いたのです。

 

1980年、王貞治さんは40歳で現役を引退をしました。

引退の理由は「王貞治としてのバッティングができなくなった」からでした。

前人未踏の、868本というホームラン世界記録を達成し、生涯打率3割という素晴らしい成績を残したヒーローは、実に謙虚なコメントを残し、引退しました。

 

現役引退後は、巨人(1983-1988)、ソフトバンクホークス(1994-2008)の監督を務め、どちらのチームでもリーグ優勝を果たすなど、確固たる実績を残しています。

また、2006年に開催された、ワールド・ベースボール・クラシックでも監督としてチームを指揮し、優勝へと導きました。

名選手でありながら、名監督でもある。まさにレジェンドと呼ぶにふさわしい稀有な存在なのです。

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