この記事では、田中将大選手の野球史を年齢で区切ってお伝えしています。 

 

田中将大選手の年齢は2020年で32歳です。 

 

これまで数多くの記録を打ち立ててきました。

年齢別に見て、特にすばらしいと思った3つをピックアップしています。 

 

「みなさんにとって印象の深い田中将大選手」 

の年齢は何歳ですか。 

 

この記事をお読み頂くことで、

・田中将大、18歳。真夏の頂上決戦!

・伝説を築いた25歳。

・26歳で早くも栄光の…!

 

等について知ることができます。

野球犬

ぜひ最後までお付き合い下さい!

スポンサーリンク

年齢18歳、田中将大の夏

高校野球ファンならば 

絶対に知っている、知っておくべき夏があります。 

 

第88回全国高等学校野球選手権大会決勝 

 

南北海道代表:駒大苫小牧 

 

西東京代表:早稲田 

 

決勝戦延長再試合のため 

2日間に渡って手に汗を握り続けたゲームは 

 

4対3で 

早稲田が優勝を果たしました。 

 

甲子園史の中でも 

これほどしびれるゲームはなかなかありません。 

 

断言できます(もちろん個人的な感覚)。 

 

このゲームの概要を知るだけでも 

高校野球好きから見れば 

 

「お、この人とは話ができそうだ」 

 

となって、高校野球好きの知り合いが増えます。 

 

アメトーーク!の高校野球芸人の話が100倍面白く感じます。 

 

では、田中将大選手の年齢が18歳だった 

 

第88回全国高等学校野球選手権大会 

 

を振り返ってみましょう。 

 

2006年、駒大苫小牧のエースとして 

「田中将大」選手の名前は全国に轟いていました。 

 

なぜなら2005年の2年生時にはエースで投げており、全国制覇を果たしています。 

 

全国の高校から見て2006年の夏の大会は 

 

「打倒駒大苫小牧、打倒田中」 

 

でした。 

 

しかし、蓋を開けると 

当然のように勝ち上がる駒大苫小牧よりも 

 

メディアは 

早稲田実業のハンカチ王子こと斎藤佑樹選手を追いかけていたのです。 

 

その両校が決勝でぶつかります。 

 

私の感覚では、世間は 

 7:4=早稲田:駒大苫小牧 

 で早稲田を応援していましたね。 

 

クールでイケメンな斎藤佑樹選手に勝ってほしいという雰囲気はありました。 

(私自身はマウンドで雄たけびを上げて闘志むき出しの田中将大選手を応援していましたが) 

 

一試合目の3回から 

田中将大選手と斎藤佑樹選手の投げ合いが始まります。 

 

スコアボードには0が7回まで続きましたが 

8回表駒大苫小牧の三木選手がソロホームランを放ち均衡が破れます。 

 

ゲームが動いた直後の8回裏 

追う早稲田も犠牲フライで1-1の同点。 

 

田中将大選手12回2/3 

斎藤佑樹選手15回 

 

投げ合いの末1-1の同点

大会規定により翌日再試合が決まりました。 

 

試合終了後には

会場からスタンディングオベーションが沸き上がります。 

 

翌日のゲームは 

1回から試合が動き、終始早稲田ペース。 

 

駒大苫小牧も3回以降は0を並べ、6回表に1点を返すも 

6・7回裏に1点ずつ取られ、9回の攻撃が始まるまでは1-4と崖っぷち。 

 

しかし、甲子園には魔物が潜んでいます。 

そして、その魔物は高い確率で崖っぷちの状況で姿を現します。 

 

駒大苫小牧最後の攻撃は、先頭打者のヒットから始まります。 

さらに続く中澤選手が1点差に迫る2ランHRを放ち、会場は大興奮です。 

 

粘る斎藤佑樹選手は2アウトまでこぎつけますが 

最後の打者がなんと田中将大選手。 

 

超高校級の二人が甲子園決勝再試合1点差の最後の場面で対決します。 

 

これ以上熱い展開があるでしょうか? 

 

2日間投げ続けた斎藤佑樹選手は 

なんとこの日最速の147km/hを投げ込みます。 

 

田中将大選手も食らいつき、ファウルで粘る… 

 

息詰まる戦いは…….. 

 

カウント2ストライク1ボール 

斎藤佑樹選手の外角144km/hストレートで 

 

空振り三振ゲームセット。 

 

駒大苫小牧準優勝 

で田中将大選手18歳の夏は終わります。 

 

記録以上に記憶に残る大会となったこの試合です。 

 

勝ち負けだけでない 

野球というスポーツの魅力を見せつけた 

18歳時の田中将大選手を振り返らないということはありません。 

スポンサーリンク

年齢25歳、伝説となった田中将大

田中将大選手、年齢が25となった2013年は 

 

23冠王

 

思いつくタイトルすべてを挙げても足りません。 

 

「MVP」や「沢村賞」などプロ野球としての受賞はもちろん 

「宮城県民栄誉賞」や「仙台市賛辞の盾」など行政からの賞を含めると23冠王です。 

 

一年間で23回も表彰された時の気分ってどのようなものでしょうか。 

 

というか

23冠王は多すぎです。 

 

一体、25歳の年は何をしたのでしょうか。 

 

ちょうど2013年25歳の年は日本プロ野球在籍最後の年。 

 

この年の田中将大選手は伝説を作りました。 

その伝説が23冠王になった理由です。 

 

2013年、田中将大選手の所属する楽天は 

 

日本一 

 

を果たします。 

 

その立役者として大活躍した田中将大選手の成績がこちらです。 

防御率  勝利数  敗戦数  勝率 
1.27  24  0  1.00 

 

 

ざっくり解説すると 

 

負けなかったのです。 

シーズンを通して。 

どのチームにも。 

 

脅威のレギュラーシーズン24連勝は 

ギネス世界記録に認定されています。 

 

また、他にもギネス記録を樹立しており 

 

昨年のレギュラーシーズンも含めた連続勝利数28 

 

もギネス記録と認定されています。 

 

さらにさらに、 

 

CSや日本シリーズを含めた連続勝利数30連勝 

 

もギネス記録に認定されています(2013年日本シリーズ第6戦で敗れてしまいます)。 

 

記録だらけの年のため 

どこに目を向ければ良いのか分からなくなります。 

 

とにかく 

負けずにシーズンを投げ切ったことが第一ですね。 

 

このことは 

これまでのプロ野球史でもなかったことです。 

 

ここまで連続勝利数を稼げることがすばらしい。 

 

人間どうしても記録が目の前にチラつけば 

プレッシャーを感じるものでしょう。 

 

よくノーヒットノーランや完全試合達成前に 

記録が崩れてしまうとうことはあります。 

 

少なからず記録がちらつくはずです。 

 

「連続勝利は今日で○勝だから、もうすぐ負けるのでは」 

「あとアウト5つで勝利投手の権利が獲得できる」 

「監督が〇回までは投げさせると言っているから、あとアウト2つ」 

 

など、常に考えてしまう瞬間が少なからずあったはず。 

 

田中将大選手の記録だとなおさらその機会も多かったと思われます。 

 

それらのプレッシャーをはねのける精神力がすばらしい。 

 

23冠王の名をもとに 

次の年にヤンキースへ移籍。 

 

アメリカでも 

 

「すげぇ日本人が来るらしいぞ」 

 

と噂になっていました。 

スポンサーリンク