長嶋茂雄を年齢ごとに振り返り、数々の偉業を掘り起こしてみた。 

長嶋茂雄
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長嶋茂雄さんは、年齢も80歳を超えた今でも「ミスタープロ野球」であり、野球ファンのみならず、日本国民に絶大な人気を誇っています。

そんな長嶋茂雄さんの現役選手時代、ここぞという勝負どころでの華麗なプレーがファンを魅了してきました。

長嶋茂雄さんの節目となった年齢をキーワードに、そのなかでも特に印象的な活躍ぶりをご紹介していきたいと思います。

 

この記事をお読み頂くことで、

・22歳からはじまった、長嶋茂雄伝説

・23歳で『ヒーロー』となった一撃

・年齢38歳、未だ語り継がれている長嶋茂雄の幕引き

等について知ることができます。

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長嶋茂雄・年齢22歳~ルーキーイヤーから大活躍~

長嶋茂雄選手が巨人に入団したのは、1958年、22歳の年です。

高校時代まではほぼ無名の選手であり、甲子園出場機会もありませんでしたが、一本の特大ホームランがスカウトの目に留まり、立教大学に進学することになります。

六大学野球リーグでは、本屋敷選手、杉浦選手とともに「立教三羽烏」として、大いに活躍しました。

走攻守揃った選手として、各プロ野球チームの争奪戦がありましたが、最終的に、本人の意思を尊重する形で巨人に入団することになります。

 

ルーキーイヤーから長嶋選手はプロ野球で大活躍を見せることになります。

オープン戦からすでに7本のホームランを打ち、躍進を期待させるスタートになりました。

この年、130試合に出場し、成績は、打率.305、打点92、本塁打29を叩き出します。

盗塁も37を記録し、これはリーグ2位の盗塁数になりました。

しかも、後に「幻のホームラン」と言われた、一塁ベースの踏み忘れ事件で本塁打を取り消されなければ、「トリプルスリー」(打率3割、本塁打30本、30盗塁)を達成したいたともいわれます。

 

本塁打王、打点王の二冠王に輝き、新人本塁打プロ野球新記録を達成し、新人王にも選出されています。

まさに、ゴールデンルーキーの登場、といったところではないでしょうか。

年齢22歳の若武者がこの活躍ぶりとは、いま考えてみても驚きですね!

世間では長嶋ブームが起こり、国民的スーパースターとしてファンに強烈な印象を残すことになりました。

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長嶋茂雄・年齢23歳~天覧試合で魅せる~

[youtube https://www.youtube.com/watch?v=ErOkGVziuN8]

1959年、ルーキーイヤーの次の年も、長嶋茂雄選手の活躍は続きます。

年齢はまだ23歳ながらも、巨人の4番を任せられ、存在感を現わしています。

このシーズンでは、打率.334を記録し、首位打者のタイトルを奪っています。

また、本塁打も27本、打点82とまさに絶好調が続いていました。

 

しかし、この年長嶋選手最大の活躍は、やはり6月25日に行われた、昭和天皇・皇后両陛下がご観覧された、「天覧試合」での劇的サヨナラホームランに尽きるでしょう。

巨人対阪神の「伝統の一戦」である天覧試合は、19時から始まりました。

巨人は藤田投手、阪神は小山投手のエース対決で始まった試合は、2転3転する緊張感のある試合展開になります。

そして7回裏、この年入団した大物高卒ルーキー・王貞治選手のホームランで巨人は4対4の同点に追いつきます。

阪神は、村山実投手をマウンドに送り、8回まで巨人打線を抑えます。

 

両チーム同点のまま9回に入ると、時間はすでに21を過ぎていました。

天皇・皇后がご観覧いただく時間は、21時15分までと決まっていましたので、このまま延長戦に入ると、せっかくの好ゲームの結果が見届けられないという可能性があったのです。

 

そして9回裏、運命の打順は長嶋選手に回ってきました。

この打席で、長嶋選手は村山投手から劇的なサヨナラ逆転ホームランを放つのです。

時間は21時12分。まさに、ギリギリのとことで巨人は阪神を下し、天覧試合は強烈な余韻を残して終了しました。

 

この勝負強さは長嶋茂雄選手の持ち味であり、天覧試合のドラマチックな展開は伝説的に語られるようになりました。

長嶋選手は一気に知名度があがり、ヒーローとして知られるようになったのです。

長嶋茂雄・年齢38歳~伝説の終焉へ~

1974年は、長嶋茂雄選手のファンにとっては思い出の年になりました。

巨人在籍17年、年齢は38歳になり、やはり思うような成績を残せなくなってきていました。

 

実は、前年のシーズンオフの際に、当時の川上監督から「引退してはどうか」という勧告をうけていたのです。

現役を長く続けるほど、生涯打率は下がってしまうのだから、3割をキープしているうちに辞めたほうがいい、という理由によるものです。

 

しかし、長嶋選手は翌年も現役を続けることを決断します。

その理由は、引退時のインタビューで語っているように「ボロボロになっても最後まで野球を続けたい」という強い思いがあったのです。

野球を愛するが故の決断でした。

 

そして、1974年は128試合に出場し、打率.244、打点55、本塁打15本の結果になりました。

この年は中日が優勝し、巨人のV10は達成されることはありませんでした。

そして、最後までやり切った思いとともに、長嶋茂雄選手は現役引退を決意したのです。

 

自身の引退セレモニーも、ファン感謝デーに行うのではなく、そのシーズンの最終試合後に行うようにこだわります。

あくまで、ファンに直接自分の言葉で話しかけ、ファンとの絆を大切にしようとする長嶋選手の意向があったのです。

「私は今日、引退をいたしますが、我が巨人軍は永久に不滅です」

この伝説になった言葉とともに、長嶋茂雄選手は現役から引退しました。

美しく、力強い幕引きであったと言えるのではないでしょうか。

長嶋茂雄を年齢ごとに振り返り、数々の偉業を掘り起こしてみた:まとめ

・長嶋茂雄選手は、年齢22歳のルーキーイヤーで大活躍し、新人王に輝いた。

・年齢23歳で迎えた天覧試合でのサヨナラホームランは、長嶋茂雄選手の名前を世間に轟かせ、いまでも伝説になっている。

・年齢38歳になった長嶋茂雄選手は、最後まで野球を愛し、悔いを残さずにグラウンドを去った。

以上の内容でお送り致しました。

 

長嶋茂雄さんの活躍は、華やかな伝説に彩られており、多くの野球選手のあこがれや目標になっています。

年齢の若いときから活躍し、そして最後までプロ野球選手として活躍をつづけた長嶋選手がいたから、プロ野球は隆盛し、多くの名選手が生まれたともいえるのです。

知れば知るほど、レジェンド、そしてミスタープロ野球と呼ばれるにふさわしいと納得がいくと思います。

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