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「背番号33」を付けた長嶋茂雄、松井秀喜と運命の出会い

1992年、再び長嶋茂雄さんが巨人のユニフォームを着る日がやってきました。

状況の変化から、長嶋茂雄さんの監督待望論が徐々に形成され、ついに第二次長嶋巨人体制が発足することになります。

ユニフォームの背番号は「33」。永久欠番の「3」ではないものの、再びミスタープロ野球が巨人に帰ってきたのです。

長嶋監督は、監督就任直後いきなり大仕事を成し遂げます。

ドラフト会議で、星稜高校の大物スラッガー、松井秀喜選手を引き当てたのです。

このときから、長嶋監督と松井選手は師弟のような関係を築き、巨人を引っ張る存在へとなっていくのです。

 

松井選手といえども、いきなり巨人の4番を任せられたわけではありません。

当時は中日からFAで獲得した落合博満選手が巨人の4番を務めていたので、松井選手にすぐスポットがあたることはありませんでした。

しかし、底知れぬポテンシャルを引き出すために、長嶋監督と松井選手はマンツーマンで熱心に練習をおこない、大器を育てていきました。

1994年から、最年少で巨人の4番の役割を果たし、その年の中日との伝説の「10・8」の試合でも本塁打を放つなど、大きく成長していきました。

落合選手、清原選手と巨人4番打者争いをし、2000年以降は完全に巨人の4番として定着しています。

 

その後メジャーに移籍し、赫々たる成績を残した松井選手。

それをまるで親子のように育てた長嶋監督は、まさに理想の師弟であったと言えるのではないでしょうか。

 

2013年、長嶋茂雄さんと松井秀喜さんが、国民栄誉賞をダブルで受勲しています。

身体が不自由なミスターを気遣う松井秀喜さんを見たときに、監督と選手という関係を超えた特別な温かいものを、誰もが心の中に思い描いたでしょう。

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長嶋茂雄の背番号3…そして33と90の時代を振り返る:まとめ

・長嶋茂雄選手の背番号3は、国民的スーパースターのシンボルで、巨人の永久欠番になっている。

・背番号90をつけていた、第一次長嶋茂雄監督体制の巨人は、まさに栄光も挫折も味わった監督時代であった。

・第二次長嶋茂雄監督の背番号33の監督時代は、松井秀喜選手とのコンビ抜きには語れないものがあった。

 

以上の内容でお送り致しました。

 

長嶋監督の背番号は、すべて3に関係する数字でできています。

背番号90は、3塁手、背番号3、打順が3であったところから3x3=9を連想させる90番でした。

背番号33は、3を二つ重ねた番号です。

3といえば、ミスタープロ野球、長嶋茂雄さんというように、インプットされてしまっている日本人には、分かりやすすぎるほどのシンプルさですよね。

後にも先にも、このようなスーパースターは出てこないのではないだろうかと思ってしまいます。

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