この記事では、原辰徳さんが付けていた【背番号8】に関する内容をお伝えしています。

ジャイアンツの背番号8と言えば、原辰徳さんを思い浮かべる人が多いのではないでしょうか?

とはいえ、背番号8を背負った名プレイヤーは多数存在します。

スポンサーリンク

原辰徳の現役時代は、背番号8

プロ入りから引退するまで、原辰徳さんの【背番号8】は変わりませんでした。

この背番号には強い思い入れがあるようで、コーチや監督といった違った立場になっても、背番号に8を交えて入れています。

それを気遣った大人のお陰か?背番号8にちなみ、応援歌は『エイトマン』の主題歌でした(1985年迄)。

 

一桁の背番号を与えられたということは、球団側が活躍を期待していたからに他なりません。

ジャイアンツの偉大な先輩である、長嶋茂雄さんは背番号3、王貞治さんは背番号1。

そんなレジェンドに君もなってくれたまえ!・・・と、願いを込めてのものだったと思います。

背番号8を与えた球団の判断は正しかったことは、プロ入り一年目から証明されました。

それは彼が残してきた成績をご覧頂ければ、と思います。

原辰徳さんの背番号について、ある人は凄いコメントをしていました。

『できれば自分の背番号3を譲りたいくらい』

自分の背番号3…長嶋茂雄さんは、それくらい原辰徳さんにベタ惚れしていたのですね。

この時熱視線を送った若きスラッガーが、将来自分の右腕となるのですが…ミスタープロ野球といえど、さすがにそこまでは想像できなかったでしょう(^-^)

スポンサーリンク

原辰徳の次に、【背番号8】を付けた選手

原辰徳さんが引退後、背番号8を受け継いだのは仁志敏久さん

仁志敏久さんも原辰徳さんと同じく、新人でありながら一桁の【背番号8】を与えられました。

開幕スタメンを勝ち取り、デビュー戦で5打数3安打と大暴れ!

お立ち台にも上がり、鮮烈デビューを果たしました。

タッチ
ダイヤのA
巨人の星

など、野球好き必見のアニメが多数!

お得に観る方法としてオススメなのがU―NEXTです!

お申込みは↓をクリック【公式サイトへ】


その後はプロの壁にぶち当たり、暫くヒットが打てない日々が続いてしまいますが、シーズンが終わってみれば

打率.270、打点:24、ホームラン:7本

という堂々たる成績。

原辰徳さんが長年付けていた【背番号8】の後継者として、恥じない活躍だったと思います。

 

この活躍が認められ、仁志敏久さんは新人王を受賞。

ジャイアンツの野手として新人王に輝いたのは、実に15年ぶりの快挙でした。

ちなみに15年前の新人王は、なんと原辰徳さん。

不思議な運命を感じずにはいられません。

 

話は少し変わりますが、仁志敏久さんが打席に入るとき、スタンドから『とーしーひさーーー!』という声援が聞こえていました。

『イッチローーーー!』の模倣やん!…そう感じていたのは、私だけではなかった筈www

 

話を戻しまして・・・。

原辰徳さん以降、背番号8は11年間、仁志敏久さんのものとなりました。

横浜ベイスターズに移籍後、背番号8月はオリックスから移籍してきた谷佳知さんが付けることに。

谷佳知さん以降、片岡治大さん、丸佳浩選手と移籍組の背番号となっている状況です(2019年時点)。

スポンサーリンク

ミスターの後釜となった原辰徳、背番号は

一軍コーチを経て、2001年のシーズンオフにジャイアンツの監督に就任。

名将・原辰徳監督が誕生します。

背番号は83。

自身の代名詞とも言える【8】に、長嶋茂雄さんの【3】を加えることで『自分が長嶋茂雄さんの意志を引き継ぐ』という覚悟を見せてくれました。

原辰徳さんらしい、実に男気溢れる背番号だと思います。

二度目の監督就任(2006~2015年)の際は、背番号88を付けました・・・が、ワールドベースボールクラシック(WBC)の時(2009年)の背番号は83。

長嶋茂雄さんの思いを背負い、見事世界一の栄冠を勝ち取りました。

原辰徳さん最大の男気が発動した、最高の瞬間だったと思います。

スポンサーリンク

原辰徳の背番号【8】に注目してみた:まとめ

・原辰徳さんの現役時代の背番号は8で、原辰徳さんの代名詞と言えるものだった。

・原辰徳さんの背番号を受け継いだのは、新人の仁志敏久さんで、新人王に輝く活躍を見せた。

・監督就任の際は恩師・長嶋茂雄さんの背番号3を交えて83とした。

以上の内容でお送り致しました。

 

背番号8はここ暫く『移籍組』が付けています。

今後もその方針で行くのでしょうか?

それとも、相応しい新人が現れる日が来るのでしょうか?!

背番号8の行く末を見守りたいと思います(^_-)

スポンサーリンク