この記事では、桑田真澄さんの投球フォームについてお伝えしています。

現役時代、マウンドで躍動する桑田真澄さんの姿…多くのファンが覚えていることでしょう。

かく言う私もそのうちの一人です。

当時の思い出に耽りつつ、投球フォームについて詳しく調査してみました。

 

この記事をお読み頂くことで、

・何度も投球フォームを矯正させられた。

・あることがきっかけで、自ら投球フォームを変えたことも。

 

等について知ることができます。

野球犬

ぜひ最後までお付き合い下さい!

スポンサーリンク

桑田真澄の投球フォームには色々あった


豪快な投球フォームから繰り出すボールで、打者とバッタバッタと打ち取る勇ましい姿。

そんな桑田真澄さんの活躍を見て育った野球小僧は、全国中にいたと思います。

決して大きいとは言えない体でしたが、迫力満点なオーバースローは本当に格好良かった…と記憶しています。

『美しい…何て美しい投球フォームなんだ』といつも感じていたのは、私だけではなかった筈(と思いたい笑)

そんな格好良い投球フォームに行き着くまで、色々と苦労したそうです。

スポンサーリンク

桑田真澄、元プロから投球フォームを指摘されるも…


桑田真澄さんが小学5年生の時、元プロ野球選手から指導を仰ぐ機会がありました。

そこで元プロ野球選手から、投球フォームについてアドバイスを貰いました。

 

『投げるときは右肩を下げず、右肘は高く上げてから』

 

元プロ野球選手からのアドバイスですから、桑田真澄さんはそれを受け入れ実践してみました。

ところが、アドバイス通りに投球してみたものの…どうもしっくり来ない。

試行錯誤を重ねた挙げ句、桑田真澄さんは一つの答えに行き着きました。

 

『右肩を下げたフォームの方が、力のこもった投球ができる』

 

その答えた正しく、名門・PL学園に進学することに至りました。

ところが・・・。

スポンサーリンク

桑田真澄、高校入学後に再度…投球フォームを指摘される


投球フォームが固まっていた桑田真澄さんでしたが、当時のPL学園の投手コーチから投球フォームを変更するよう指導を受けます。

その指導とは何と…『右肘を高く上げる投球フォームにしなさい』というものでした。

小学5年生の時に、元プロから受けたアドバイスと同じものです。

不満はあったのかもしれませんが、これには従うしかありませんでした。

その結果、やはり思い通りの投球ができなくなり、外野手転向を命じられてしまいます。

 

この挫折に心が折れてしまった桑田真澄さんは、お母さんに『野球を辞めたい』と伝えました。

それに対してお母さんは『続けなさい』と説得。

野球の神様(お母さん?)は、桑田真澄さんを野球の道へと戻してくれました。

 

外野手となった桑田真澄さんでしたが、そこで投球フォームを以前の『右肩を下げる』形に戻したところ、球威は見事に復活。

そして投手に返り咲き・・・・甲子園優勝投手となりました。

 

桑田真澄さんはバッティングの能力も高く、プロ入り後も投手としては考えられないくらいの成績を残しています。

詳細はこちらの記事に書いています。

 

まさに持って生まれた『野球センス』の塊であると言えるでしょう。

もちろん、努力の賜物でもあるのでしょうが。

そんな天才肌ですから、野手としてプロ入りしていたとしても、ある程度の成績は残したでしょうね。

スポンサーリンク