桑田真澄、甲子園の成績がレジェンドすぎる・・・!

この記事では、桑田真澄さんが甲子園で残した驚異的な成績についてお伝えしています。

誰もが知っているであろう野球界のレジェンド、高校野球史上の最高投手は?

と問い掛けられて、たくさんの人が名前を上げるのが桑田真澄さんだと思います。

桑田真澄さんの甲子園での投手成績を改めて調べてみると、物凄いんですよね!

 

甲子園ので活躍した名投手は星の数ほど存在し、皆さんの記憶に残っていると思います。

それらの中でも大きな印象を残しているのが、日本のプロ野球・読売ジャイアンツや、メジャーリーグ・パイレーツで活躍された桑田真澄さんではないでしょうか!?

桑田真澄さんの甲子園での成績をご覧いただければ、その凄さは一目瞭然だと思います!!

 

この記事をお読み頂くことで、

・桑田真澄さんの甲子園でいかに活躍したか?

・桑田真澄さんが甲子園で残した成績を実際の数字!

 

等について知ることができます。

[char no=3 char=”野球犬”]ぜひ最後までお付き合い下さい![/char]

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甲子園の申し子、桑田真澄の成績がヤバすぎるって…

桑田真澄さんの残した数々の輝かしい記録を読み解く前に、その当時のPL学園について触れておく必要があります。

1983年~1985年を振り返ってみると、この3年間は高校野球はPL学園中心にまわっていたといっても決して言い過ぎではない!というくらいでした。

そのPL学園が築いた一時代の中核にいたのが、『KKコンビ』と呼ばれ甲子園で人気を博した桑田真澄さんと、西部ライオンズ~読売ジャイアンツ~オリックスバファローズで活躍した清原和博さんでした。

桑田真澄&清原和博の両雄は1年生からレギュラーとして活躍し、1年生の夏から5期連続で甲子園に出場。

そして優勝2回、準優勝2回、ベスト4進出1回と、舌を巻くほどの強さを発揮しました。

 

あれからかなりの年月が経過しましたが、桑田真澄&清原和博が君臨していた時代のPL学園を超えるのチームは現れていません。

まあ、半永久的に現れないと思います^^;それだけとんでもない強さでしたしね。

 

話を桑田真澄さんに戻しましょう。

桑田真澄さんは、甲子園で通算20勝しています。

さらっとお伝えしましたが、甲子園で20回も勝つということは、冷静に考えてみると凄まじい記録だと思います。

その理由をご説明しましょう。

 

高校球児として甲子園大会に出場できるチャンスは、合計で5回(1年生の夏、2年生の春、2年生の夏、3年生の春、三年生の夏)です。

この5回全てに出場すること自体、相当困難なことですよね。

そのうえで甲子園の春と夏の各大会の試合数を見てみると、春の選抜大会は1回戦から決勝まで勝ち上がって試合すると5試合、夏の選手権大会は1回戦から決勝まで勝ち上がって試合できたとして6試合です。

すなわち、甲子園でどれだけ多くに試合ができたとしても、

(春の選抜5試合×2)+(夏の選手権大会6試合×3)=28試合

です。

どれだけ多くとも28試合しか投げることができないということになります。

 

もし仮に28試合投げるためには、5期連続で甲子園大会に出場し、5期連続で決勝まで出場すること。

勿論、激しいチーム内での競争を勝ち抜き、レギュラーとして出場していることが条件です。

・・・どうでしょう?桑田真澄さんが成し遂げた甲子園で20勝という記録、今後更新されることは考えにくいですよね。

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