この記事では、桑田真澄さんの凄さについてお伝えしています。

プロ野球として成績の凄さは、今更語るまでもないでしょう。

・・・が、違った視点から桑田真澄さんを見てみると、また別の凄さが分かります。

 

この記事をお読み頂くことで、

・恩師が語った、桑田真澄さんの凄さ

・野球に対する思いが…!

・桑田真澄という男の持つ「精神力」

 

等について知ることができます。

野球犬

ぜひ最後までお付き合い下さい!

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桑田真澄の凄さを、かつての恩師が語る


桑田真澄さんの凄さが世に知れ渡ったのは、何と言っても高校一年生の頃でしょう。

当時の凄さを誰よりも知るであろう、PL学園時代の恩師である中村順司さんが以下の様に語っていました。

 

『あんなに凄い投球をする一年生を見たのは、桑田がはじめてだった』

 

そうでしょう、それはそうでしょう!

一年生の時点で既に、高校球界ナンバーワン投手とも言える実力を備えた選手なんて…後にも先にも桑田真澄さんを置いて他にはいないでしょうね。

 

名将にそこまで言わせること自体、とんでもなく凄いことだと思うのですが、更に驚くべき事実があります。

プロ入り後は多彩な変化球を駆使していた桑田真澄さんですが、中村順司さん曰く

『当時はストレートとカーブ以外は投げていなかった』

と話していました。

僅か2つの球種で勝負していたとは・・・!

 

それだけ自分の投球に自信があったのでしょう。

そして実際に実力が備わっていたからこそ、甲子園で通算20勝も挙げることができたのだと思います。

中村順司さんは

『もう出てこないと思う、甲子園で20勝できる投手は』

と、未だに当時の桑田真澄さんに脱帽しているご様子でした。

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野球への探求心こそ、桑田真澄の真の凄さか…


『野球への飽くなき探求心』

これを持ち続けたからこそ、桑田真澄さんは長年現役で活躍し続けることができたのだと思います。

それが良く分かるのが、1995年に大怪我をしてしまったときのこと。

 

ここ近年よく聞く『トミージョン手術』を受け、リハビリを開始したのですが・・・。

そのリハビリ方法が『古武術』『ピアノ』という、それまでにないものでした。

当然ながら、この二つのリハビリ方法を選択した確固たる理由が存在します。

・古武術=以前にも増して効率の良い、身体の動かし方を身に付けるため。

・ピアノ=投手にとって必要な『手先の感覚』を元に戻すため。

 

凡人には理解し難いところですが、これらを野球と結び付けるところが『天才』らしいですよね。

桑田真澄さんのリハビリ方法に『???』と感じた人も多かったと思います。

 

しかし・・・これらが功を奏して、2002年に最優秀防御率のタイトルを獲得!

独自のリハビリ方法が正しかったことを、実力を持って証明しました。

 

選手生命を危ぶまれる大怪我をしたにも関わらず、不屈の闘志で見事に復活を遂げ、多くのファンに感動を与えてくれました。

それが出来たのは、野球への探求心が潰えなかったからだと私は思います。

・・・それだけではなく、抽象思考で物事を考える『頭の良さ』もあったからでしょうけど( ゚Д゚)

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