この記事では、桑田真澄さんの様々なエピソードをお伝えしています。

プロ入り前から大きな注目を集めていた桑田真澄さんですが、スターになる前・・・つまり『世に出る前』のエピソードも興味深いものがありました。

野球犬

ぜひ最後までお付き合い下さい!

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桑田真澄エピソード1:はじめは野球ではなく…?


桑田真澄少年は、物心ついた時から白球を握り・・・というエピソードを想像しませんでしたか?

はい、私もそのうちの一人です。

ところが現実はそうではなかったようでした。

桑田真澄さんが野球をはじめる切っ掛けとなったのは、地元のソフトボール部に入ったこと。

それは桑田真澄さんが、小学2年生の時だったそうです。

 

チームの中には6年生もいたのですが、上級生を差し置いてショートのレギュラーにつきます。

2年生と6年生の体格差がどれほどか?容易に想像できますよね。

大人と子供、いや、ジャイアンと…のび太くん?

それだけの体格差をものともせず、運動量の多いショートのポジション…それもレギュラーだったのですから、桑田真澄さんの超人ぶりが伺えます。

小学3年生になり、いよいよ野球をはじめることに。

本職のピッチャーを務めるようになったのは、小学5年生の頃でした。

ここから伝説がはじまったということですね。

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桑田真澄エピソード2:中学時代には既に…

八尾市立大正中学校に進学後も、非凡な才能を発揮します。

1年生の秋にもなると、早くもピッチャーとして試合に出場するようになりました。

その後もメキメキと上達し、3年生の頃には『無双状態』に。

地元の大会を総ナメし、『桑田真澄』の名を地元にとどろかせました。


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少し話は変わりますが、八尾市立大正中学校には、もう一人凄い人がいました。

当時の中学最強ピッチャー・桑田真澄の女房役を務めていたのは、同じくプロ野球選手となった西山秀二さん

西山秀二さんは、プロ生活17年でベストナイン、ゴールデングラブ賞に2回輝くなどの名捕手でした。

そんな二人がバッテリーに君臨するチームですから、強いに決まっていますよね( ゚Д゚)

当時のバッテリーを務めた西山秀二さんは、桑田真澄さんの投球について、凄いコメントを残しています。

『桑田のボールは、ミットを構えた所にしかこなかった』

中学時代から既に、正確無比とも言えるコントロールを身に付けていたようですね。

桑田真澄さんの投球を一番近くで見ていたのですから、西山秀二さんは後の大活躍を予想していたのではないでしょうか?

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桑田真澄エピソード1:高校入学後はまさかの!?

名門・PL学園に入学後も、直後にエースの座につき大活躍・・・という訳でもありませんでした。

驚くべきことに、桑田真澄さんは一度、ピッチャーを『クビ』になっています。

様々な要因があったのでしょうが、投球フォームの変更もそのうちの一つでしょう。

※詳しくは下の記事に書いています!

ピッチャーを降ろされ、球拾いも経験するという挫折を味わった天才ピッチャー・・・。」

そんな彼に救いの手を差し伸べたのが、臨時投手コーチだった清水一夫さんでした。

桑田真澄さんの才能を見出し、マンツーマンで指導をするようになりました。

恩人・清水一夫さんのお蔭で、夏の大会4回戦でピッチャーとして初出場。

桑田真澄さんは恩人の期待に応え、見事2安打完封という圧巻のピッチングを披露します。

桑田真澄伝説のはじまりは、甲子園大会ではなく、実はここからだったようですね!

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桑田真澄のエピソード(プロ入り前)が非常に興味深い…:まとめ

・野球をはじめた切っ掛けは、地元のソフトボールチームに入ったことだった。

・中学3年の頃には地元で敵知らず、女房役は後にプロ野球選手となる西山秀二さんだった。

・高校入学当初はピッチャーを降ろされたが、恩人のお蔭でピッチャーに復帰した。

以上の内容でお送り致しました。

 

桑田真澄さんの名が、世間に知れ渡る前のエピソードをお伝え致しました。

有名になる前のエピソードでさえ、一本の映画にできるくらいの濃い内容だったと思います。

やはり超人は、幼いころから凡人とは違いますね!

 

野球犬

最後までお読み頂き、有難うございました!

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