今回は、佐々木朗希投手の父親に関する情報をお伝え致します。

あの大谷翔平にも匹敵する逸材・佐々木朗希を育てた父親とはどういった人物なのか?

調査を進めていくにつれ、佐々木朗希投手の背負っているものの大きさを知ることができました。

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実は、佐々木朗希の父親は…。




佐々木朗希投手の父親・功太さんについて調べてみたところ、『面白くて明るい…でも怒るときはガツンと怒る』という性格の持ち主で、特に長男の琉希さんには厳しかったそうです。

『厳しかった』と表現した理由ですが、々木朗希投手の父親・功太さんは37歳の若さで他界されています。

2011年の東日本大震災により、旅立たれてしまいました。

 

父親・功太さんは葬儀屋さんに勤めるサラリーマンだったそうです。

職業柄時間が不規則だった為に、佐々木朗希投手の応援には行きづらかったと思いますが、それでも息子の成長を願い…それを支える為に日々奮闘しておられたのだと思います。

父親・功太さんの期待に応え、佐々木朗希投手はプロ注目の選手へと成長を遂げました。

天国にいる父親・功太さんは、息子の成長を心の底から喜んでおられるでしょうね。

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父親に代わり、佐々木朗希を育てたのは…。




佐々木朗希投手には、3歳年上のお兄さんがいらっしゃいます。

お兄さんの名前は琉希さんといい、彼もまた野球をやっていました。

実は佐々木朗希投手と同じ大船渡高校出身であり、チームの4番打者を務める程の選手だったそうです。

 

そんな兄・琉希さんは、佐々木朗希投手に厳しく接していました。

野球の先輩としてだけでなく、生活面においてもその厳しさは相当なものだったそうです。

母・陽子さんは、以下のようにコメントしていました。

 

『兄が朗希を誉めているところを見たことない』

『可哀そうに思えてくるくらい、兄から言われていた』

 

母から見てそう感じるのですから、お兄さんは本当に厳しい人だったのでしょう。

しかし、これは弟に対する愛情の裏返しだったのではないでしょうか?

早くして父に旅立たれてしまった弟を、兄である自分がしっかり育てなければ・・・という気持ちから、あえて厳しく接していたのだと私は思います。

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そんな父親代わりであるお兄さんの思いに答え、佐々木朗希投手はメキメキと成長していきました。

また、元々負けず嫌いな性格だったこともあり、『兄を越えるんだ!』という気持ちも彼を成長させた要因の一つだったと思います。

彼の負けず嫌いを象徴するエピソードをご覧ください。

佐々木は涼しい顔に似合わず「大の負けず嫌い」を公言している。一時期、携帯の待ち受け画面を横浜(神奈川)の最速152キロ左腕・及川(およかわ)雅貴(2年)に設定していた。理由は「及川がU15日本代表で、中学から有名だったから」。会ったこともない相手にメラメラとライバル心を燃やせるのが、佐々木のすごさだ。及川は今夏の甲子園出場を決めている。

会ったこともない選手に対してこの闘争心!

本当に相当な負けず嫌いみたいですね。

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父親と共に…佐々木朗希の母親の願い

父親代わりに厳しかったお兄さんに対し、母親・陽子さんはどんな人なのでしょうか?

調査した限りでは、兄ほどの厳しさを感じることはありませんでした。

母親・陽子さんは以前、佐々木朗希投手についての質問で、『かなり自由に育てた』と答えていました。

兄が厳しく躾をしているから、自分はそうはせず優しく見守ろう…と考えていたのでしょうか。

 

しかし、母親・陽子さんは『ある一点』には拘りを持って教育していました。

 

21時には就寝すること

 

特にスポーツにおいては、身体を大きくすることは有利になります。

その為には『良く寝ること』と考え、それに対する教育は徹底していった・・・その結果、身長190cmを越え、高校球界最速の163kmを叩き出す『令和の怪物』が誕生したんですね。

母親・陽子さんの正しい教育なくして、今日の佐々木朗希投手の成長はなかったのでは、と思います。

本当に素晴らしい母親に恵まれたと言えますよね。

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佐々木朗希の父親を調査した結果、彼の背負うものが分かった:まとめ

・佐々木朗希投手の父親・功太さんは東日本大震災により37歳の若さで旅立たれていた。

・父親に代わり、兄・琉希さんが厳しく育てた。

・母親・陽子さんの教育方針のお蔭で、190cmという恵まれた体格を手に入れたと言える。

以上の内容でお送り致しました。

 

佐々木朗希投手の父親、そしてご家族についてご覧いただいたことで、彼の背負っているものの大きさをお分かりいただけたかと思います。

家族の思いを胸に、佐々木朗希投手は今後も益々成長してくれるでしょう。

最後の夏となった2019年夏の甲子園大会は、残念ながら出場を逃してしまったものの、近い将来違った形で甲子園のマウンドに上がる日がやってくるでしょう。

その時、佐々木朗希投手はどのような表情を見せてくれるのでしょうか?

今から楽しみで仕方ありません。

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