この記事では、長嶋一茂さんの野球センスと、現役時代の成績についてお伝えしています。

現在、タレントとして大活躍している長嶋一茂さん。

報道番組だけでなく、空手やハワイでのプライベートなど、様々な話題を提供しています。

 

この記事をお読み頂くことで、

・長嶋一茂さんの野球センスについて言及

・長嶋一茂さんの残した成績

・野球の実力について

 

等について知ることができます。

野球犬

ぜひ最後までお付き合いください!

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長嶋一茂の野球センスを、大御所が誉めていた!

長嶋一茂さんは、ハワイの別荘に年間100日以上過ごしていることや、極真空手の国際親善試合に出場するなど、タレント以外でも精力的に活躍をしています。

そんな長嶋一茂さんの野球センスについて、落合博満さんがインタビューで明かしています。

 

落合博満さんは、首位打者、本塁打王、打点王を5回ずつ獲得し、三冠王に3回輝いた、プロ野球の歴史に残るレベルの選手です。

また、監督としては中日ドラゴンズを8年間率い、日本シリーズ優勝を1回、リーグ優勝を4回、通算勝率.562を記録した、プロ野球界の大御所といえる方です。

そんな落合博満は、中日ドラゴンズを対談した直後の2011年11月29日に、テレビ朝日系の報道番組である「報道ステーション」のインタビューにて、長嶋一茂さんに対面しています。

そこで、落合博満さんは現役時代の長嶋一茂さんについて、以下のようなコメントを残しています。

お前がもうちょっと(練習を)やっておけばなぁ。絶対親父を超えたと思うよ。本当、練習しないもん。お前、嫌いだったもんな。

以上のように、落合博満さんは、長嶋一茂さんの野球センスについて、長嶋一茂さんの父である長嶋茂雄さんと比較していました。

 

長嶋茂雄さんは、「ミスタープロ野球」と呼ばれ、444本塁打を記録したスター選手です。

その長嶋茂雄さんと比較できるほどということは、非常に高い野球センスを持っていたことが想像できます。

しかし、長嶋一茂さんが練習嫌いであったため、長嶋茂雄さんのような野球選手にはなれなかったのだと考えているようです。

 

落合博満さんは1994~1996年、長嶋一茂さんは1993~1996年に読売ジャイアンツに所属していました。

そのため、この落合博満さんのコメントは、2人が読売ジャイアンツに所属していたときのことだと考えられます。

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野球センス溢れる長嶋一茂、野球の成績は?

お伝えしたように、長嶋一茂さんは落合博満さんが認めるほどの野球センスを持っていたことが分かりました。

そんな長嶋一茂さんは、現役時代にどのような成績を残していたのでしょうか?

ここでは、長嶋一茂さんのプロ野球選手としての成績についてお伝えします。

 

まず、長嶋一茂さんは1988年からヤクルトスワローズでプロ野球選手としてのキャリアをスタートさせました。

プロ1年目であった1988年のシーズンでは、打率.203にとどまりましたが、88試合に出場して4本塁打を記録しています。

特に、この年のオープン戦にて3割以上の打率を残し、プロ初安打を本塁打で飾るなど、印象に残る1年目となりました。

なお、このとき本塁打を放った相手は、読売ジャイアンツで活躍し、メジャーリーグでも162勝を記録したビル・ガリクソン投手でした。


しかし、鮮烈なデビューを果たした後は出場機会が徐々に減少し、3年目は35試合の出場で打率.167、1本塁打にとどまります。

また、1990年にヤクルトスワローズの監督に就任した野村克也さんが提唱してID野球に馴染むことができなかったそうです。

それでも、4年目となった1991年シーズンに打率.221、4本塁打を記録したうえ、好調時は快打を連発したことから、ついに開花したといわれました。

しかし、翌年の1992年シーズンは野球留学をしたため、出場機会を得ることができませんでした。

 

その後、父親である長嶋茂雄さんが監督に就任した読売ジャイアンツにトレードで移籍します。

読売ジャイアンツでは、長嶋茂雄さんがかつて務めたサードを守ることがあり、話題となりましたが、肘や膝を痛めたこともあり、出場機会を増やすことができませんでした。

特に、1995年シーズンには右肘を故障し、一軍での試合に出場することがでず・・・その結果、1996年シーズンのオフに長嶋茂雄さんから戦力外通告を言い渡され、現役を引退しました。

最終的に、現役時代の通算成績は384試合に出場し、打率.210、18本塁打、82打点というものでした。

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