今回は、日本とメジャーの両方で活躍した『ゴジラ』こと松井秀喜さんの子供について詳しくお伝え致します。

ついでに(といっては何ですが)松井秀喜さんのゴジラ感満載の子供時代についても触れてみました。

松井秀喜さんは二人の子宝に恵まれています(一人目は 2013 年3月、二人目は2017年1月誕生)。

しかし、メディアの前には一切出してないようですが・・・?

野球犬

ぜひ最後までお付き合い下さい!

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松井秀喜の子供(一人目)は?

2013年3月にニューヨークの病院で松井秀喜さんの一人目の子供となる長男が生まれました。

 

しかし子供の写真はありません。

上の写真は松井秀喜さんの子供時代のものです。

情報についても松井秀喜さんか松井秀喜さんの父昌雄さんが語ったものがわずかにあるだけです。

 

名前は公開されておらず分かりません。

ネット上ではミニゴジラ、ミニラと呼ばれているらしいので、仮にMくんとしておきましょう。

 

生まれたときのMくんの体重は3150グラムでした。

退院時に看護師さんから「足が大きいので背の高い人になりますよ」と言われ、

実際通っている保育園では1、2を争う長身だそうです。

 

Mくんの性格を知ることのできる保育園でのこんなエピソードがあります。

Mくんは保育園で毎日、先生が来たら休みの子がいるかいないかを報告するのが日課です。

休みの子がいる日は

「今日はこの子とこの子がお休みです」

と寂しそうに報告します。

休みの子がいない時は

「今日はみんないます!」

と飛び上がって報告をして先生を喜ばせます。

サービス精神に溢れており、社交的で明るい性格であると想像できますね。

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またこんな別のエピソードがあります。

祖父である昌雄さんが遊びに来て楽しく過ごしているとき、昌雄さんがちょっと用があってその場を離れると

Mくんがやってきて昌雄さんの手を引いてみんなの場所に連れて戻ろうとしました。

家族や仲間、人を思いやる優しさを感じますね。

昌雄さんは松井秀喜さんにもそういうところがあったと言います。

 

松井秀喜さんは2015年に地元紙のインタビューに答えています。

そのインタビューの中で自分の子供に野球をプレーしてもらいたい気持ちはあると答えています。

松井秀喜さんは自分のことは自分で決めるように育てられてきました。

子供もそのような方針で育てているようで、子供が何をするかは本人の選択だけれども

いずれにせよ子供の成長を大いに楽しみにしているようです。

 

松井秀喜さんの父昌雄さんはMくんの写真を見たときに表情と体格が松井秀喜さんそっくりだと感じたと言っています。

性格も体格もかなり父親を引き継いでいるようですから才能も引き継いでいるかもしれません。

今から将来が楽しみです。

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松井秀喜の子供(二人目)にある噂が…


2017年1月に二人目の子供となる次男が生まれました。

 

こちらについても写真も情報もありません。

上の写真は松井秀喜さんが生まれたばかりのころの写真です。

 

次男について出てくるのは

「障害持ちと言われているが情報がなくデマであるようだ」

という記事ばかりです。

つまり今読んでいるこの記事のようなものばかりなわけです。

 

よくある成功者への妬み嫉み僻みといったところでしょうか。

成功者本人には文句のつけようがないからとにかくケチをつけたくて言ってしまった、

ということではないかと思われます。

腹立たしいですが捨ておく他ありません。

何度敬遠されても黙って一塁に歩いて行った松井秀喜さんを見倣って飲み込むしかありません。

 

それにしてもそもそも家族の情報が全く聞こえてきませんね。

これは松井秀喜さんが今の奥さんと結婚するときに

「絶対に情報を出さない」

と約束したからだという話です。

 

私が思うに、これは松井秀喜さんの過去の恋愛が関係しているに違いないと思います。

松井秀喜さんはいろいろな人と噂になりました。

ある女優さんとお付き合いしたときも結婚の噂までありましたが最期は破局しています。

破局後その女優さんから

「松井さんは守ってくれなかった」

というコメントが出ました。

当時ニュースで聞いた記憶があります。

 

いきさつはわかりませんが、これが松井秀喜さんの心に引っかかっていたのではないかと思うのです。

 

結婚したい女性が現れ、しかも一般人。

次こそは守り切らなければと思っても不思議ではありませんよね。

FF6でそんな話を聞いたような気もしますが。

もともと松井秀喜さんは正義感が強いタイプです。

ナイトのアビリティ「かばう」を持っています。

そして現在も守り続けていると思うのです。

 

情報が出てこない結果、人はあることないこと噂をします。

奥さんは元ミズノの社員らしいという噂がありますが、

実は元ホステスで世間体のために一度ミズノの社員にしたという噂ももっともらしく流れています。

 

私には判断できませんが、別に元ホステスでも構わないと思うのです。

野球選手の奥さんでホステスを経験しているという人はたくさんいます。

 

最も有名な人はあの落合夫人でしょう。

偉大な選手落合博満さんは夫人なしでは存在しなかったでしょう。

加えて以前はアレな話題を振りまいていた息子さんもいつの間にか真人間になって今ではマルチな活躍で評価されています。

夫も子供も成功に導く、まさに良妻賢母です。

あれほど素晴らしい女性はいないのではないでしょうか。

ちょっと本人が前に出過ぎなのはキャラクターなので仕方ありません。

 

翻って松井秀喜さんの奥さんです。

結婚して松井秀喜さんはワールドシリーズMVPという活躍をしました。

前項で述べたように子供は順調に成長しています。

なんの問題もありませんよね。

 

むしろこれから真価が問われます。

情報がないと言いましたが、実は心配いらなのです。

なぜなら近い将来子供たちが頭角を現し表舞台に出てくるからです。

そのために奥さんは今奮闘しているはずです。

 

皆さんも期待していますよね?

楽しみにその時を待ちましょう。

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松井秀喜、子供時代からゴジラw

1974年6月12日

父昌雄さんと母さえ子さんの次男として生まれました。

予定日より1週間ほど遅刻だそうです。

この時からすでに時間を気にしないおおらかな性格だったようです。

主役は遅れて登場するものです。

 

3960グラムでした。

秀喜少年はこの後成長しても常に同年代より一回りも二回りも体格がいいのです。

生まれたときからゴジラだったのです。

 

2歳のときから保育園に入園します。

保育園の先生が「8歳くらいに見えた」と言ったそうです。

別の話では5歳くらいと言ったそうですが、この歳で3歳上に見えるだけでも異常です。

誰もが秀喜少年を一目で見分けたと言います。

 

3歳のころ父と兄のキャッチボールに興味を持って仲間に入れてもらったのが野球と秀喜少年との出会いです。

最初はうまく取れませんから何度も父にボールを投げてもらって練習しました。

父は秀喜少年がやめると言うまで付き合いました。

できなくて悔しいからできるまで練習という名の努力を続ける、という秀喜少年の特徴が早くも現れています。

子供時代から真面目なゴジラです。

 

小学校に入るころ、兄とその友達に交じって田んぼで三角ベースをやり始めました。

父が阪神ファンだったので、兄も野球好きでした。

兄は学校から帰ると友達と田んぼに向かいます。

秀喜少年もその後ろについて行って一緒に野球をしました。

体格だけは兄たちにも負けない秀喜少年は打球も良く飛ばしました。

ゴジラの攻撃力も少しずつ上がってきました。

 

小学校3年生のころ、兄は秀喜少年に言います。

「おい、秀喜、おまえ掛布選手が好きなんだろ。だったら左で打ってみろよ。」

掛布になりたかった秀喜少年は喜んで受け入れます。

「いいよ。ぼく掛布みたいになりたいから左で打つよ。」

あまりに打ちまくる秀喜少年が面白くなかったのか、兄たちが策を講じたわけです。

そんなこととはつゆ知らず、案の定秀喜少年は打てなくなります。

兄たちの策は成功し、打てない日が続く秀喜少年は悔しい思いを募らせます。

家に帰ると父にボールを投げてもらって左打ちの練習を始めます。

真面目なゴジラがまた努力を始めました。

父もずっと付き合ってくれます。

「秀喜が練習すると決めた。だからその選択を尊重する。」

自分で決めさせて、その選択を尊重するという父の教育方針です。

地道な努力を続ける真面目なゴジラです。

秀喜少年の心の中のマリーアントワネットが

「白熱光がだめなら放射熱線を出せばいいじゃない!」

と言ったかどうかは知りませんが。

ともかくそうして秀喜少年は左でも打てるように進化しました。

 

兄たちが中学生になると田んぼでの野球仲間がいなくなり、ここからしばらく野球はお休みです。

 

小学4年生のころ柔道に興味を持って町の柔道教室に通い始めます。

このころの秀喜少年は身長160cm体重60kgと中学生並みでした。

体格がものをいう柔道ですから面白いように勝てます。

ゴジラの武器は放射熱線だけではありません。

体格を生かした格闘も得意です。

そして真面目なゴジラですからめきめきと強くなります。

小学5年生の時には石川県大会個人戦5年生の部で第3位になりました。

国体強化選手にも選ばれました。

上位の2人はたぶんキングギドラとメカゴジラです。

 

小学5年生の夏休みにはまた野球を始めます。

 

野球か柔道で迷っていた秀喜少年ですが、

中学校に入ると柔道部がなかったため野球一本に絞りました。

このころの体格は身長170cm体重95kgでちょっと背が低いだけでもう大人です。

それでもまだまだ完成体のゴジラではありません。

野球一本と言いつつ中学1年生の時に能美郡相撲大会に出て個人戦で優勝しています。

ゴジラがちょっとわき道を歩いたら町がつぶれた感じでしょうか。

 

中学時代の通算打率は6割以上です。

3試合連続本塁打もありました。

 

中学3年生の時には飛距離が130mを超えました。

軟球をいくつも割ってしまい、半年でボール代が10万円を超えたと言います。

 

そして星稜高校に入学します。

このころのゴジラはほぼ成体です。

しかしまだ何段階も変身を残しています。

 

ここからの活躍はみなさんもよくご存じと思います。

秀喜少年の子供時代のお話はここまでとさせていただきます。

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松井秀喜の子供(二人目も)の詳細や子供時代(ゴジラ感強し)等々:まとめ

松井秀喜さんの子供時代は笑ってしまう程規格外のエピソードばかりです。

 

恵まれた体格で子供時代に無双する人はたくさんいますが、

人格を兼ね備えた人は多くありません。

 

持って生まれた性格や運もあるでしょうが、

やはりお父さんの独自の考えによる教育が大きな影響を与えていると思います。

 

それに加えて恐ろしいほどの努力家です。

長嶋茂雄さんが

「成功した後も努力し続けたのは松井秀喜だけ」

と言っていましたが、恐らく本人は努力を努力とも思っていないのではないでしょうか。

 

そしてその血と教育を受け継ぐ子供が今ニューヨークですくすくと成長しています。

名前も顔も知りませんが、どんな分野であっても近い将来必ず頭角を現すに違いありません。

その時を楽しみに待ち続けましょう。

 

野球犬

最後までお読み頂き、有難うございました!

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