今回は、イチローさんが国民栄誉賞を辞退する理由について詳しくお伝え致します。
我々日本人にとって、国民栄誉賞を受賞するということは非常に名誉なことだと思います。
ですが、イチローさんはなぜか辞退されています。
それも三度も!
国民栄誉賞を固辞する理由は一体・・・?
イチローが国民栄誉賞を辞退する理由はこれでは?
少しずつ前に進んでいるという感覚は、人間としてすごく大事。
イチロー pic.twitter.com/UKS7Bz5uiI— 前向きな言葉 (@maemukivoice) 2019年8月24日
メジャーリーグで19シーズンに渡って活躍し、東京ドームでの公式戦出場後に引退を表明したイチローさん。
メジャーリーグでは、年間最多安打記録(262本)の樹立、10年連続200本安打、通算3000本安打、500盗塁など、数々の輝かしい記録を残されています。
そして、引退表明後に日本政府により長年活躍した実績を評価され、国民栄誉賞の授与が検討されていました。
しかし、イチローさんは国民栄誉賞の授与を辞退すると代理人を通じて日本政府に伝えました。
では、イチローさんはなぜ国民栄誉賞の授与を辞退したのでしょうか?
授与を辞退する際、イチローさんは国民栄誉賞を「人生の幕を下ろした時に頂けるよう励みます」というコメントを残しています。
イチローさんは今後、アマチュアの指導者など、何らかの形で野球に関わっていくと推測されます。
また、イチローさんは今まで、「モチベーションが低下する」という理由で国民栄誉賞授与を辞退されたことがあります。
このことから、イチローさんは、まだまだ野球人生は続いていくのにも関わらず、国民栄誉賞を授与されてしまえば、今後のモチベーションに影響すると考えたのだと思われます。
一度目と二度目の国民栄誉賞辞退時のコメントは?
実戦でないとできないことがあります。一瞬の判断は、練習では養われません。#イチロー pic.twitter.com/AeL42tSSz1
— よっちゃん@SNS×LINEでダウン集客 (@yoshi72297859) 2019年8月27日
イチローさんへの国民栄誉賞授与が検討され、辞退されたのは今回で3度目となっています。
なぜ今まで辞退したのか、1度目と2度目の国民栄誉賞辞退時のコメントを紹介いたします。
1度目は、イチローさんがメジャーリーグ移籍1年目に首位打者と盗塁王を獲得し、シアトル・マリナーズのプレーオフ進出に貢献した結果、新人王とMVPを受賞した2001年です。
このとき、イチローさんは「まだ現役で発展途上の選手なので、もし賞をいただけるのなら現役を引退した時にいただきたい」というコメントを残しています。
2度目は、イチローさんがジョージ・シスラーさんの持つ年間最多安打記録(257本)を84年ぶりに更新する262安打を記録した2004年です。
このとき、イチローさんは「今の段階で国家から表彰を受けると、モチベーションが低下する」というコメントを残しています。
どちらもときも、イチローさんは現役の野球選手である自身が国民栄誉賞を授与するにはまだ早いと考えたため、辞退したのだと思われます。
なぜ?この人も国民栄誉賞を辞退した!
【きょうは何の日】1983年6月3日、阪急ブレーブスの福本豊が通算939個目の盗塁を決め、プロとしての世界新記録を達成。ちなみに、この偉業に対し国民栄誉賞授与が打診されたが、福本は自分には相応しくないと考え、「立ちションベンもできんようになるがな」と受賞を辞退。#プロ研初年次セミナー pic.twitter.com/gN6pMbrEbB
— 鹿児島大学プロ野球研究会 (@kadaibbfan) 2019年6月3日
今まで国民栄誉賞を受賞した野球選手は王貞治さん(1977年)、衣笠祥雄さん(1987年)、長嶋茂雄さん(2013年)、松井秀喜さん(2013年)の4人しかおらず、非常に名誉なことだといえます。
しかし、イチローさんと同様に国民栄誉賞授与を打診されながら辞退された野球選手がいます。
その野球選手とは、「世界の盗塁王」という異名を持つ福本豊さんです。
阪急ブレーブスで活躍した福本豊さんは、1983年にルー・ブロックさんの持つ通算盗塁記録(938盗塁)を更新したため、国民栄誉賞授与を打診されました。
では、当時の盗塁の世界記録保持者となった福本豊さんは、なぜ国民栄誉賞を辞退されたのでしょうか?
国民栄誉賞授与が打診されていると聞いた際、福本豊さんは以下のようなコメントを残しています。
「政府が国民栄誉賞を考えてるって聞いたら、『立ちションベンもできんようになるがな』って言いましたわ。僕はあの頃、酔っぱらったら(立ちション)してたからね。国民の手本にはならへん、無理や、ということで断りました。」
また、国民栄誉賞に対して、後に以下のようなコメントを残しています。
「王さんが世界記録を作ったことで創設されたのが第1号。僕も世界記録やからということでしたが、僕は王さんのように野球人の手本になれる自信がなかった。野球で記録を作るだけでなく、広く国民に敬愛されるような人物でないといけないという、当時に僕なりの解釈があったんです。」
以上のコメントより、福本豊さんは、国民栄誉賞を授与すれば国民や野球関係者の手本となる必要があり、自分はそのような手本にはなれないと考えたため、授与を辞退したのだと思われます。
まとめ
今回は、イチローさんがなぜ国民栄誉賞を辞退されたのかをお伝えしました。
引退表明後に授与を打診された際、イチローさんは、今後も野球人生が続くことを踏まえ、国民栄誉賞授与を辞退したのだと考えられます。
また、1度目と2度目に国民栄誉賞授与を辞退した際は、「まだ現役で発展途上」、「モチベーションが低下する」というコメントを残されていました。
このように、プロ野球選手として、高いモチベーションを保ち続けようとするイチローさんの姿勢には、非常に強く感銘を受けました。
また、イチローさんだけではなく、「世界の盗塁王」と呼ばれた福本豊さんも、国民栄誉賞授与を辞退されていました。
福本豊さんは、イチローさんとは異なり、「国民の手本にはなれない」という理由で授与を辞退されていました。
このことから、国民栄誉賞を受賞するということは、非常に名誉のあることというだけでなく、非常に注目されるため、多くの責任を伴うことだと感じました。