秋山幸二がトレードされた理由は一体…球界を震撼させた当時を振り返ってみた。

元野球選手
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この記事では、秋山幸二選手のトレードの理由やその影響を考察しています。

 

秋山幸二選手といえば

西武黄金時代を支えた一人の選手です。

 

そんな選手がダイエーにトレードされることは

秋山幸二選手自身を含め、理由が呑み込めず衝撃を受けたことでしょう。

 

しかしトレードの理由を見てみると

野球界を深く考えた「英断」だったと思えるものでもありました。

 

秋山幸二選手のトレードには、どんな裏側があるのでしょう…

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「秋山幸二、トレードでダイエーへ」が新聞に並ぶ衝撃

昭和の時代。

セ・リーグといえば巨人。パ・リーグといえば西武でした。

 

西武の黄金時代は

1985年から1994年のV9があり、その時代を支えたのが秋山幸二選手です。

 

また、この時代秋山幸二選手の他にも

西武には清原和博選手、工藤公康選手がいました。

 

とくに清原和博選手と秋山幸二選手は

AK砲と呼ばれていたことは多くの方が知っているでしょう。

 

しかし1993年11月

新聞の見出しには「秋山幸二選手、ダイエーへトレード」の文字がならびます。

 

この衝撃は、当時の球界やパ・リーグを揺るがしました。

何せ、常勝軍団西武の超スーパースター秋山幸二選手が、当時弱小のダイエーなのですから。

 

このトレードでは、ダイエーからは主砲の佐々木選手

さらには若きエースの村田選手や橋本選手を条件に加えたトレードでした。

 

ダイエーの本気度がよくわかります。

 

とはいえ西武からは秋山幸二選手なわけですから

そりゃ、ファンを含めプロ野球界全体が驚いたことでしょう。

 

秋山幸二選手自身、西武に残留するというか

「一生同じ球団で」という思いでいたため、衝撃が走りました。

 

それは移籍を自らの口で告げたときの

蒼白で目が点になっていた表情からも分かるものでした。

 

そもそも秋山幸二選手のトレードには

どんな理由があったのでしょうか?

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秋山幸二のトレード理由はパ・リーグの繁栄?

「人気のセ、実力のパ」

これは日本のプロ野球を表す言葉としてよく使用されていました。

 

今となっては、パ・リーグの努力により

人気も実力も大きく巻き返している状況がありましたが、やはり以前は「巨人・阪神」なのです。

 

その巨人や阪神の「伝統の一戦」を含め、セ・リーグの野球は面白い。

そう観客が思っている一方、この当時のパ・リーグはほとんど西武一択。

 

この西武を支えていたのが

清原和博選手や秋山幸二選手、工藤公康選手だったわけですが…

 

さて、その秋山幸二選手がなぜトレードの対象にされたのかということ

どうやらフロントの「パ・リーグ全体」を考えた意向が反映されているようです。

 

秋山幸二選手のトレードが発表される前週

ダイエーの根本監督から、西武の清水代表に電話で打診があったそうです。

 

のちに、清水代表はこのトレードについてこのように語っています。

 

パ・リーグを活性化させるためのトレードだと認識している。ファンの反応を考えたが、それを乗り越えるしかない。戦力的にはお互い五分五分だと思います。

この話が持ちかけられた、1993年のダイエーのリーグ成績は6位。

 

万年Bクラスに落ち込んでいる球団で

選手自身に勝つ気を感じられないと秋山幸二選手は語っています。

 

確かに西武が常勝軍団と化していた時代。

今のホークスの強さからは、全く考えられない時代があったのですね。

 

このフロントの意向が理由として、秋山幸二選手はトレードされました。

また、金銭的な問題もあったでしょう。

 

清原和博選手、工藤公康選手、秋山幸二選手と

億越えの選手を要していた西武は、確かに資金繰りにも苦労していたはず。

 

その点から、秋山幸二選手を放出したとも考えられますね。

また、次の年には工藤公康選手もダイエーに移籍しています。

 

その後のダイエーの発展を考えると

清水代表や根本監督の判断は、確かに後のパ・リーグの発展につながっているとも考えられます。

 

移籍当初には、その理由の理解に苦労しますが

今となれば「なるほど」と言えるものがありますね。

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秋山幸二がトレードされたのには出身地も影響?

秋山幸二選手といえば

熊本県の八代高校出身のプロ野球選手です。

 

この時、ダイエーは本拠地を1988年に福岡に移しており

1978年以来の九州のプロ野球チームとして活動していました。

 

しかし先述していた通り

ダイエーは弱小球団。万年Bクラスが当たり前です。

 

その九州の野球を盛り上げるため

秋山幸二選手はトレードされたとも言われています。

 

もともと熊本出身であったこともあり

「パ・リーグ全体」を考えたとき、秋山幸二選手が適任だと考えられたのでしょう。

 

当然ダイエーがある福岡、そして九州の地も

「あの秋山幸二選手がダイエーにトレードされるのか」と盛り上がりますよね。

 

しかも、次の年には工藤公康選手も移籍していますし。

いやがおうでも九州・福岡の野球が盛り上がることは間違いありません。

 

そして、現在の盛り上がり、という結果です。

まさに、この西武黄金時代を支えた選手のトレードが、九州・福岡の野球に影響を与えています。

 

さらに、工藤公康選手も秋山幸二選手も

ホークスの監督を務め、優勝まで導いていますしね。

 

秋山幸二選手はその功績から福岡市スポーツ栄誉賞が授与されています。

とすると、工藤公康選手も監督引退時には、同じ賞を受賞するのではないでしょうか。

 

以前に比べファンの声が球団に届きやすくなった現代。

球団の花形である選手をトレードに出すことは、とくにファンが黙っていません。

 

しかし、秋山幸二選手のトレードに代表される

「今後の野球界全体を見渡した」トレードは、今すぐに見える結果は出ないものです。

 

新聞記事の「大型トレード」には

目先だけの情報に踊らされず、一旦長い目で考え、情報を精査する必要があるかもしれませんね。

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秋山幸二がトレードされた理由は一体…球界を震撼させた当時を振り返ってみた。:まとめ

秋山幸二選手のトレードには、パ・リーグ、日本球界全体に衝撃を与えました。西武黄金時代の花形選手であっただけに、その衝撃は凄まじいものでした。
秋山幸二選手がトレードされた理由は、パ・リーグ全体の盛り上がりを考えた、ダイエーの根本監督や西武の清水代表の意向がありました。
秋山幸二選手は熊本県出身であったことも、トレードには深く関わっているようです。目先の情報だけでなく、長くプロ野球を盛り上げるためのトレードもあるということが分かりました。

以上の内容でお送りしました。

 

秋山幸二選手のトレードは、当時の野球ファンなら大きな衝撃を受けたことでしょう。

当時納得できなかったとしても、改めてその理由を冷静に受け入れたとき「なるほどな」と思えるものがあります。

もちろん花形を失う側の球団のファンから見ると「そんなバカな」と思えるものではありますがね。

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