工藤公康の若い頃に迫ってみた。大投手、そして名監督の昔の姿はというと…。

スポンサーリンク

この記事では、工藤公康監督の若い頃の様子や、若い頃の顔について息子の阿須賀さんと比べています。

 

工藤公康監督は今でこそ

「いいおじさんだな」と思えますが、もちろん若い頃もありました。

 

その若い頃の工藤公康監督が

今では考えられない一面を持っているのです。

 

さらにお顔については

息子の阿須賀さんとうりふたつなんだとか。

 

工藤公康監督の若い頃には

どんな一面があり、息子とどれほど似ているのか。

 

さっそくみてみましょう。

プロ野球中継の配信をDAZN(ダゾーン)で実施中!

31日間の無料期間中でもスマホでゲームセットまで見放題です。

野球中継に没頭して、独り身ならではの『寂しい時間』を卒業しませんか?

→DAZNで寂しい時間から解放されてみる!

工藤公康の若い頃は意外と「天狗」になっていた

言わずと知れた

ホークスの名将工藤公康監督。

 

その実力は確かなもので

若い頃から西武、ダイエーを渡り歩き、巨人、横浜と移籍の旅を繰り返しました。

 

「優勝請負人」と言われるほど

工藤公康監督が移籍した球団は、優勝を果たします。

 

そんな大活躍を見せた工藤公康監督ですが、実は

若いころは父親にプロ入りをしないよう説得されるほど、精神的に甘いところもあったそうです。

 

そのためには工藤公康監督の

高校時代を見る必要があります。

 

工藤公康監督の出身校といえば

名古屋電気高校、今の愛工大名電であることは有名です。

 

当時まだ新興の高校だった名古屋電気高校を

全国区の名門校に押し上げたのが、若い頃の工藤公康監督でした。

 

工藤公康監督は甲子園でいきなりベスト4にまで上り詰め

当時の1大会奪三振数記録ランキング第5位に入る活躍をします。

 

当然プロのスカウトも逸材を見逃すわけがありません。

多くの球団からのラブコールがあったはずです。

 

しかしここで若い頃の工藤公康監督は、天狗になってしまいます。

(というか、普通の人であれば天狗になるのが当たり前ですが)

 

その工藤公康監督に対して

父親が「息子は甲子園に出てから慢心の気配がする。人間形成のため就職すべき」との発言をします。

 

つまり、スカウトの指名を拒否したのです。

 

父親から見ると、この若い頃の工藤公康監督は

「天狗になっている」と判断できるものだったのですね。

 

それに釘を刺すための父親の対応。

逆に親の子どもへの愛情を感じます。

 

結局西武の破天荒な6位指名により

若い頃の工藤公康監督と父親は、説得に応じる形になりました。

 

そりゃ当然甲子園で大活躍すれば天狗になりますよね。

そして工藤公康監督は、プロに入団したわけですが、プロの世界はまだまだ厳しかったようです。

スポンサーリンク

工藤公康の若い頃(プロ入団時)は「坊や」だった

 

若い頃の工藤公康監督は「坊や」と呼ばれていました。

かわいい呼ばれ方ですよね。

 

若い頃の工藤公康監督を「坊や」

と呼ぶ人は、広岡達朗元監督でした。

 

やはり若い頃の工藤公康監督なので

今のような「おじさん」ではなく、かわいい顔立ちだったのでしょう。

 

そのため監督である広岡達朗元監督に

「坊や」と呼ばれていたわけですが、もちろん厳しい指導も受けていました。

 

一年目はそこそこの活躍を見せますが

二年目になると上手く活躍できず、三年目には9試合しか出場できませんでした。

 

「工藤には精神的に甘い面がある」

 

若い頃の工藤公康監督は

広岡達朗元監督にそう思われていたそうです。

 

そんな工藤公康監督を精神面から鍛えるため

広岡達朗は工藤公康監督をアメリカマイナーリーグに留学させました。

 

昔ながらの荒療治って感じですね。

それが功を制し、工藤公康監督は「坊や」を卒業します。

 

四年目にはシーズン序盤に怪我があったものの

なんとシーズンに8勝を記録することができました。

 

それもこれも

若い頃の課題であった「精神面の甘さ」を克服したからでしょう。

 

しかしもう一つの「甘さ」がありました。

それはお酒をやめられなかったことです。

 

工藤公康監督は若い頃からお酒が大好きで

ひどいときには、試合登板前日に深酒をし、二日酔いのままマウンドに立ったこともあるのだとか。

 

医者には「死ぬよ」と言われたそうです。

それほどまでにお酒に没頭していた若い頃の工藤公康監督を救ったのが、現在の奥さまです。

 

奥さまとの結婚を機に

食生活の大切さを知った工藤公康監督は、お酒をおさえるようになります。

 

まさに愛の力は偉大なり、です。

 

そうして工藤公康監督は

自分の甘さすべてを克服し、野球を一生の仕事とできたのでした。

スポンサーリンク

工藤公康の若い頃の顔はあの人を見れば良い!

 

工藤公康監督が若い頃

広岡達朗元監督に「坊や」と呼ばれたのには、もう一つ理由があります。

 

いわゆる甘いマスクを被っていたのです。

 

工藤公康監督といえば「ハマのおじさん」が定着したこともありますが

若い頃は可愛い顔立ちをしていました。

 

このような顔立ちです。

 

この投稿をInstagramで見る

 

kiyo(@aniking24)がシェアした投稿

それは息子さんのお顔にも受け継がれております。

工藤公康監督の息子さんといえば、工藤亜須加さんですね。

 

俳優、タレントである工藤亜須加さんは

現在ZIP!のメンバーとしても活躍しています。

 

その顔はまさに

工藤公康監督の若い頃そのままなのです。

 

だって親子ですもんね。

大体親の若い頃の顔って、子どもに受け継がれます。

 

もちろんそうでないパターンもありますがね。

 

工藤公康監督の場合は

息子の亜須加さん、そしてプロゴルファーで娘の遥加さんに受け継がれています。

 

その亜須加さんのお顔がこちら。

よく似てます。

工藤公康監督の若い頃そのままですね。

 

西武のユニフォームを着ていると

そのまま工藤公康監督のように見えそうです。

スポンサーリンク

工藤公康の若い頃に迫ってみた。大投手、そして名監督の昔の姿はというと…。:まとめ

工藤公康監督は、若い頃に甲子園で活躍したため、父親に「慢心している」と言われました。そのため、ドラフト指名拒否なんてことも起きました。
工藤公康監督は、プロ入団直後の若い頃、広岡達朗元監督に「坊や」と可愛がられる反面、「精神的に甘い」と言われていました。
工藤公康監督の若い頃は、俳優で息子の阿須賀さんとうり二つです。どちらもイケメンであることに間違いありません。

以上の内容でお送りしました。

 

工藤公康監督の若い頃について調べてみましたが、意外と周りの人からは「甘い」と言われていたのですね。

ただ、いわゆる昭和の時代ですから、今の時代と比べるとどうなのかというところもあります。

もちろん、今の時代で育った人がもっと甘いというわけではありませんがね。

【無料で31日間お試し】孤独な時間に別れを告げるチャンス!

動画配信サービス『DAZN(ダゾーン)』では、野球中継を始球式からヒーローインタビューまでを『スマホ片手』『無料で』見ることができます。

これさえあれば、野球中継を見れない寂しい時間にサヨナラできます♪

他の情報に邪魔されることなく、好きなだけ野球中継に没頭できるんです!

→DAZNで寂しい時間から解放されてみる!

 

DAZNのおすすめポイントは3つ!

・一ヶ月間も『無料』で11球団の試合が見れる!
・スマホで観れるから、帰宅中でも野球観戦できる!
・CM無し!始球式からゲームセットまで完全生中継!
月額料金は通常 1750円ですが、DAZNなら無料お試し期間が一ヶ月間もあり、期間中は無料で野球観戦を楽しめます!

しかも、登録に必要な時間は3分もあれば十分。

BSやCSに契約するよりも、圧倒的に早い&安く使えます!

一ヶ月『無料で』利用できますので、試合を始球式からヒーローインタビューまで見たい方!この機会にお早めにどうぞ!

スマホを片手に、野球まみれの時間を楽しみましょう♪

→DAZNで寂しい時間から解放されてみる!

スポンサーリンク
スポンサーリンク
タイトルとURLをコピーしました